滅亡まであと335日~300日
病院についてから、僕は待機室で待たされた。
すぐに担当のお医者さんが出てきた。名前まで確認する余裕はなかったが、中年の白衣を着たおじさんで、お父さんとそれほど歳が変わらないと思う。お父さんが45だから、それくらいだと思う。
「貧血ですね。ただストレスが関係していると思います。今日1日点滴を打てば大丈夫でしょう。お大事に」
僕はただうなずいた。お母さんは救急室のベッドで点滴を打ちながら目をつむって仰向けに寝ている。
お母さん、歳とったなあ。僕は寝ているお母さんを見ながらふと思った。歳はお父さんと同じ年だけど、顔にはシミや皺がうっすらと確認できる。髪の毛も白髪が混じっており、僕が普段見ていたはずのお母さんは、全く違っていたことが分かった。今はすぅすぅと寝息を吐きながら寝ている。点滴は一定の間隔で1滴ずつ落ちている。僕は、しばらくその世界に立ちすくんでいた。
しばらくすると、お父さんが汗だくで走ってくるのが見えた。左手に背広を抱え、ネクタイも首元からずれている。Tシャツは汗で体に密着して、インナーが透けてよく見えた。
「母さんは?」
「寝てる。貧血だって」
「そうか」肩で息をしながらお父さんは椅子に座りこんだ。
「僕さ、何もできなかった。ただ電話するしか」
「一番重要なことだ。よく電話してくれた」お父さんは僕の目を見てお礼を言った。お父さんがそう言ったとき、涙が自然と溢れた。溢れた涙は眼球に留まることができず、頬を伝って流れた。お母さんの事、お父さんが来てくれた事、これからの事、無力な僕は考えて涙を流すことしかできなかった。そんな僕の背中を、お父さんはポンポンと二回叩いた。僕は声を押し殺して泣き続けた。お父さんとお母さんと僕。3人がそろうのは凄く久しぶりの気がした。
「母さんな、地球滅亡の話を聞いたときよりも、お前が学校を行かなくなったのがショックだったみたいだ」泣き止んだ僕にお父さんはそう語りかけた。
「そうなの?」僕は鼻をすすりながら答えた。
「今日も学校いっていない。自由登校になったって聞いたけど、何かあったのではないか、いじめに遭っているのではないだろうか、常に心配してた」
「地球が滅亡するってのに、なんでそんな事心配してんだよ」僕の眼球は再び涙で覆われた。
「お前は昔から自分の事あまり話す奴じゃないしな。飯食うとすぐ二階に上がってしまうし。父さんはそこまで心配するなとは言ってたんだ。それしか言えなかった」お父さんは、お母さんの顔を椅子から見つめながら僕に語りかけていた。
僕は後悔した。自分がなんと幼稚だろうと。そんな気持ちを知らずゲームばかりしていた自分に。そして、改めて両親に感謝した。入院するまで僕のことをこんなに気にかけてくれて、ありがとう。僕は今までだれかをそれ程までに想ったことはなかった。
しばらくすると、お母さんはうっすらと目を開けた。その淡い視界で僕とお父さんを見つけると、何もしゃべらずにゆっくりと微笑んだ。
「僕、家事するよ。今まで二階で引きこもってたけど、洗濯とか料理もする。学校は今は行きたい気分にならないだけなんだ。いじめに遭ったとかじゃないよ。ただ家にいたいんだ。それでもいい?」
僕の話が終わると、微笑みながら母さんは、ゆっくりと左手を僕の右頬に当てた。母さんの笑顔を僕はとても久しぶりに見た気がする。隣では父さんがすすり泣きしていたのがよくわかった。
母さんが退院してから、僕は家事に勤しんだ。今までできなかった分、僕は家族の為に時間を費やすことに決めた。テレビゲームのスイッチはあの日以降入れなかった。