滅亡まであと335日
中田と最後のお別れをした後、僕は家に引きこもってゲームをした。
学校が自由当校型となった今、無理に学校に行かなくてもよい。僕は今まで途中で止めていた
テレビゲームを「NEW GAME」から完全にクリアすることにした。
最初は楽しかった。夢にまで見た時間だった。学校で授業を受けずに、家で好きなだけ
テレビゲームができる。これほどまでにしたいことは無かった。ただ残念なのは美鈴ちゃんが側に
いないだけだ。だけどこれは仕方ない。僕はもう一人の僕に言い聞かせた。
美鈴ちゃんは、僕らのクラスだけじゃなく、同学年にも慕われている絶世の美女だ。僕にとっては高嶺の花だ。彼女と一緒になるのは夢の中でいい。そう吹っ切れていた。
僕はゲーム以外、活動するときはごはんを食べる時だ。お父さんとお母さんには、学校が自由登校型になったことを伝えると、「好きにしなさい。お父さんとお母さんは今忙しいから」と言って、まるっきり相手にしてくれなかった。でも、ごはんだけは不自由なく過ごせた。
僕の家族は、両親と僕の3人暮らしで、両親は朝早くに出て行って、夜遅くに帰る。だから僕が起きるときには朝ごはんは作り置きされていたし、昼は自分で冷蔵庫をあさって、即席ラーメンを作って食べていた。夜ごはんは、お母さんと二人で食べた。お父さんは、仕事の関係でいつも遅いから、戻るころには僕は2階に上がって、ゲームの続きをし、眠くなったらそのままベッドに寝た。その間、家族とは特に話題もなかった。これは、地球滅亡が発表される前からの家族の雰囲気だったから、別に変わりはなかった。ただ、なんとなく地球滅亡が発表されてから、お母さんはやつれたように見えた。
1週間が過ぎた頃、僕にとってゲームは快楽のツールではなくなっていた。心の中では飽きていても、僕はゲームをクリアしないといけないと義務づけていた。それはすでにノルマを設定した「仕事」と化していた。その「仕事」をしながら、僕は最後に会った中田について考えていた。
中田は僕の前で大泣きした。大人になってからの将来とかも、彼なりに考えていたのだろう。でもそれは地球が滅亡するという、個人の力ではどうしようもできない圧倒的な力によって打ち砕かれる。僕にとってそのような経験がなかったから同情はできないが、本田なりに一生懸命生きていたのかもしれない。だから、やり場のない怒りや悔しさがこみ上げて来て、絶叫したのかもしれない。僕はそこまで自分の将来について、向き合っていただろうか。そう思うと、本田は同じ15歳でも僕の何歩も大人に近づいていたのかもしれない。僕がゲームに嫌気がさしたのは、少なからず本田の行動も影響していることは確かだ。そして、今の自分がとても幼稚な人間に思えてきた。
ある日、いつものようにゲームをしていると、一階で大きな音がガシャンとした。茶碗が割れる音が何枚も聞こえた。さすがにただ事ではないと思った僕は、一階に下りると、ご飯を食べ終わった食器を洗っているお母さんが座り込んでいた。左手はキッチンに残っており、右手で頭をおさえている。
「ど、どうしたの?」
お母さんは返事をせず、ただうめき声をあげていた。僕はヤバいと思っていたが、どうしたらいいかわからず、ただおろおろと狼狽えていた。
「き、救急車・・・」
今にも聞こえなくなるようなかすれ声でお母さんが、そうつぶやいた。
僕は、正気に戻りスマホをスライドさせて110番をした。はい、こちら110番ですどうされましたか。
電話の男性の声を聞くと、急に緊張して僕は自分でも何をしゃべっているのかわからなかった。話す口の側を汗が垂れてくるぐらい僕は焦っていた。このままお母さんが病院暮らしになったらどうしよう。その一抹の不安は風船のように大きくなり続けた。電話の向こうで落ち着いてください。と言われているのがわかったが、すごく遠くからの声に聞こえた。
電話を切ってから救急車が来たのは30分経ってからだった。僕はその間台所で座り込んだお母さんに対して何もできずにその場で立ち尽くしていた。時々大丈夫?大丈夫?と何回か尋ねたが、そのときには軽く頭を振るだけで声は聞こえなかった。土足で入ったレスキュー隊員は担架でお母さんを乗せて動き出した。
「電話したのは息子さんですね。ついてきてください」
一人の隊員が早口で急かすように僕を誘導した。僕は誘導されるまま救急車へ入った。
途中で投げ出したゲームキャラクターは、モンスターに殺されて「GAME OVER」の文字が映ったままだった。テレビ画面が黒色と赤色の配色で不気味に僕の部屋を照らし続けていた。