滅亡まであと365日 後篇
授業は無く、校長の全校集会が終わると、その場で解散となった。体育座りの僕たち生徒は、まるでONだったボタンがOFFに切り替わるように、それぞれ立ち上がって帰り始めた。皆、話しはしなかった。やったー、と歓喜する声もなければ、えぇー、とブーイングする声もなく、ただ無言で帰っていった。教室に戻る人もいれば、家に帰る人もいるだろう。しくしくと誰か泣いていたのかもしれない。時々鼻をすする音や噎ぶような嗚咽も聞こえた。
静かになることは出来るんだ。それは圧倒的な絶望を発表したらいい。
僕は教室に戻って退部届を出した後、体育館に立ち寄っていた。あてもなくブラブラと歩いた。格子状の籠に、バスケットボールが何個か詰まっていたので1番上から1個取り出して、ドリブルしながら歩いた。
あてもなくドリブルした後、ゴールネットにフリースローした。ボールは半月状に弧を描いた後、パシュっと音を立てて地面に落ちた。再び床とボールが不規則なドラムを演奏すると、やがて演奏は止み、再び無音の世界が流れた。僕はゆっくり歩いてボールを拾った。再びボールをドリブルしてからもう一回フリースローした。今度はゴールから外れて意としない方向へ飛んで行った。
「下手くそ」
遠くから聞き慣れたテノール声が聞こえた。バスケ部キャプテンの中田だ。中田は飛んできたボールを片手で拾い、人差し指で回し始めた。
中田はアイドルみたいに容姿端麗で、男女から好かれる憧れの的だった。しかも勉強も出来て成績優秀。僕は中田がバレンタインでチョコをいっぱい持っていたところを見たことがある。僕は一つも貰ったことないのに。
僕はそんな中田に好印象を持っていなかったし、同じ部活でもキャプテンの中田に目を付けられないように、無難に過ごす生活をしていた。
「力入り過ぎだよ」中田が言った。
「そうだね」僕は答えた。
「だからお前はずっとレギュラーになれなかったんだ」
「はは、そうかもしれない」
僕は愛想笑いをしながら、ふつふつと煮えたぎる怒りの感情を抑えるのに精一杯だった。僕は必死に話題を変えるようにした。
「こんなとこで、一体どうしたの?」
「別に お前こそ1人でバスケして楽しいわけ?」
「僕は、よくわからない ただ落ち着くんだ。こうしてると」
「お前、地球が滅亡するっていうのに、落ち着いてるだなんて凄いな。凄すぎてついてけないわ」
中田はやがて回すのを止めて、そのままシュートした。
ボールはコーナーにはね返った。
「中田だって、外してんじゃん」
「こんな状態で落ち着いてバスケできるかっつうんだ」
中田は苛立ちながらはね返ったボールを取ると、そのままレイアップでシュートした。ボールはネットを通過して床に落ちた。
「俺はさ、どんな状況でも安定したプレーをするお前をかってたんだ。だけど、途中からやる気が無くなったように人の目ばっか気にするようになりやがって。だからレギュラーにはお前をいれなかったんだ」
「そんな話、初耳だよ」
「当たり前だろ。今初めて言ったんだ」
僕は、中田が僕以上に僕を見ていた事に驚いた。僕は中田をそこまで見ていただろうか。向き合っていただろうか。
「なあ、お前はさ怖くないわけ?」
中田はボールを前に抱えて、あぐらをかいて座りながら質問してきた。
「僕は、わからない。まだ半信半疑なんだとおもう」
僕は体育座りをして答えた。
「校長が言ってるんだ。もうガチだろうよ。パパとママも同じような話してたし。俺はさ、怖いよ。滅茶苦茶怖い。高校行って、大学行って、プロのバスケ選手になりたかったんだ。いずれはプロとしてアメリカで試合をしに行きたかったんだ。だけどそれはもう無理なわけだろ?死ぬんだから。だからさ、1日1日どうやって過ごせばいいか分からなくてさ。恐怖しかないわ」
僕は、中田が涙目になっていることが分かった。やがて1粒、2粒と中田の頬を伝っていった。
「怖いよー。ママー!パパー!」鼻水と涙でぐしゃぐしゃの顔に、アイドルの様相は全く見当たらなかった。中田はうわーんと大声を出した。体育館いっぱいに響き渡った。
暫くすると、中田は通常のアイドル顏もどり、立ち上がると、僕を睨みつけた。
「誰にもいうなよな。イメージ壊れるから」
「言わないよ」
「絶対だぞ」
そう言うと、中田は体育館から姿を消した。不思議と僕が退部届けを出したことについては触れなかった。もしかしたら中田は、退部届けを出した僕に、お別れの挨拶をしに来てくれたのかもしれないと思った。
中田の事は嫌いだったけど、この日、僕は中田の事が少し好きになっていた。
僕は体育館から出ると、そのまま家に帰った。
そしてTVゲームでもしようと思いついた。しばらくは引きこもってゲームだけの生活を送ろうと決めた。