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雨天

 水の臭いを強く感じた後、しとしとと物音が立ち始める。

 その推移の早さに、俺は先を急ぐ足を止めて、高台に戻る事を決めた。

 先ほどまでの決意など放りだし、まだ見ぬ大自然の脅威から逃れようと必死に足を動かす。

 にわか雨だったら滑稽だが、それで済むなら笑い話として後にとって置けばいい。

 山の天気は変わり易いというが、平地であるのに…この推移の早さ。

「間に合ってくれよ…。何もしない内から死ぬなんざごめんだ!」

 既に体は疾走状態、徒歩での巡航速度から戦闘速度の一歩手前へシフト。

 片手で『作業鞄』を落とさないように抑え、残る片手で得物に指を掛けたまま走る。

 濁流になるのも困るが、周囲に大きな水溜まりが無かった事を考えれば許容範囲だ。

 問題なのは…。

「くそっ。視界が保てねぇ上に、この音は邪魔だ」

 温かい気候だというのに、吐いた息が白く感じる。

 ただの錯覚なのだろうが、それほど追い詰められていた。

 思った通り雨足は早く、辿り着けるかどうかと、俺以外に避難してくる『存在』との脅威を比較し始め……。

 少しでも視界を確保し、騒音を奏でる枯れ葉が無い場所を目指す。

「間に合った!後は何も来んなよ…」

 走る。

 走る。

 息を切らせて駆けあがった後で、バラバラと勢いを増す雨につい被りそうになったフードから、急いで手を離す。

 初めて訪れる土地に加えて周囲に猛獣が棲む状態で視界を狭めるのは、命取りだ。

 我ながら口数が増えているが、落ち着く為には仕方ない。


「…雨期があるたあ書いて無かったな。となると、それほど長く無いはずだ。止むまでの辛抱」

 端末を取り出して確認し直したくなるのを、必死の思いでこらえた。

 こんな時はコンピューターに読みあげさせる機能が欲しくなるが、それそれで面倒だからと笑いごとを頭の隅で考える。

 独り言は既に自分自身を納得させる為の手段と化していた。

 集中力を限界まで振り絞りながら、見知らぬ土地で初めて迎える大雨に、あらん限りの対抗心を発揮させる。

 その甲斐あってか、激しい雨音に紛れて近づくナニカ気が付く事が出来た。

「だがまあ、運がいいとも言えるか。完全な平地で雨に振られるよりはマシだし、同じ獣と出逢うにしても血と臭いを撒き散らすよりは…なっ!」

 人間よりも大きな影が飛び出して来た瞬間、躊躇なくトリガーを引いた。

 もし、今の俺の顔を見る事が出来たら…、きっと笑っているに違いない。

 監察に来なかったら別の選択肢でもあったろう。そこは間違いないし、それはそれで別の危険性があったはずだ。

 そこまでの過程を比べる事に意義は無いが、こうやって難関を乗り越えるのは何とも楽しい瞬間。

 カマしたのは実弾の中でもパンチ力のある弾種で、借りに痛覚が鈍かろうと肉厚があろうと関係ない。

「…生きてるんならこっちには来んな。俺はお前とやり合う気なんざねえんだからよ」

 言いながら俺は高台の別区画へと後退を始める。

 息を確認とかトドメとか言う以前に、どれほど撃ち込めば倒せるのかサッパリ不明だ。

 それは状況が掴めて最低限の情報を仕入れたら、それこそ幾らでも味わえる経験のはずだった。

 今は少しでも未知の経験から遠ざかり、克服したという経験に変えるべきだろう。

 既知の脅威であれば天候であろうと猛獣であろうと、苦労こそすれ、対処可能なのだから…。


「第一歩は乗り越えましたよっと」

 相変わらず雨は降っているが、勢いは完全に衰えて高台の隅から隅へと視界が及び始める。

 先ほどの『獣』に視線を向けると、…嫌な事に少し動いた位置でアチコチ喰いつかれていた。

 体の半分以上がまだ残っているが、生憎と確認に行く気にならない。

 強烈な雨音であったとは言え、アレを喰い殺す何かがまだ近くに居る可能性があるからだ。

 雨が上がり切らない今のうちに風上を探すと、晴れ間の見え始めた段階で意を決して歩き出す。

 『恐竜』が喰われている時の様子を考えれば、モジュールが残っているとは思えない。血の臭いを嗅ぎつけてオカワリが来る前に、今度こそ離れるべきだろう。

「おやっさんと再会する前に死んだら笑い話にもならねえしな。つーか出迎えの可能性が一切ないのが笑えてくるぜ」

 歩きながら思い出したエピソードでは、どれも似たような感じだった。

 出身地方は違うはずなのに、俺よりも『クロガネ』なんて名前が似合う頑固おやじを思い出す。

 職人気質を発揮して何かの制作だの研究に打ち込んでるか、逆に何もせずにこの雨を眺めているかのどっちかだろう。

 ごく稀にキテレツな思いつきを試しに出る事もあるだろうが、おやっさんの好み的にドカンと晴天にぶっ放している気もする。


「降下位置からそれほど離れてるとは思えねえが、探索を兼ねてるなら…今日中にゃあ辿り着けねえかな」

 俺はこの日に最後となる独り言を口にすると、可能な限り歩き続ける事にした。

 見知らぬ土地で夜に出歩くな…は鉄則だが、流石に安全地帯を見つけるのも一苦労だ。

 日が落ちる前に守り易い場所を見つけ、効果があるのかも判らない忌避剤を撒いて体を休ませた。

 幸いながら長期睡眠から起きたばかりで、生成生物に効くか不明の薬も、俺自身には通用する。

 そうして夜が訪れて、緊張だらけの初日が過ぎる。

 眠気を遠ざける薬の苦さを思い出しながら、俺は最初の一日を終えた。


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