フロンティア
「確認するが、ここは地表なのか?体の具合を把握したら直ぐに出るぞ」
『はい。現時点で、既に地表に到着して居ます』
『体調の管理は万全です。以前と同じ状態で行動が可能です』
通り一辺倒の回答に、俺は笑うしか無かった。
起きてから、意識が事態を把握するまでに、結構なタイムラグがあったのだ。
機械にしてみれば保存した記憶のロード時間程度に考えているのかもしれないが、生憎と俺はそこまで信用できない。
そもそも不慮の事態が無いとしても、久々に体を動かしてみたいというのは当然の欲求だろう。
「再調整し直したら、試乗や試射する物もあるだろう。あれと同じだよ、使い手である俺自身が自分の性能が万全か把握したいんだ」
『扉から出て正面に日常的な生活を送れるスペースがあります。トレーニングルームは…』
勝手知ったるなんとやらだ。
以前と異なるという警告が無かった段階で、返答など聞かずに『リビング』向かって歩き出す。
扉を開けると見知った構成に大きな差は無く、鏡で自分の姿に差がない事を確かめる。
「外面は問題なさそうだな。軽く体を動かしてみるか…」
黒目黒髪をした典型的な東洋人の姿が姿身に映り、かつての記憶と狂いが無い事を確かめる。
体に影響を与えるような外傷も特に残って無い。
これならばちょっとした運動を行っても支障がなさそうだった。
その後は軽く腹ごしらえでも…。と思った時、ようやく機械音が返答を返さない事に気が付いた。
「そういやあ此処には殆ど設置してなかったな。自分で作るとしますか」
ハッキリいって、そこまで機械に管理されたくない。
そう言ってプライベートスペースの類には、体調管理など最低限のコンピューターしか用意し無かったのを思い出す。
当時の誰が言い出したのかは忘れたが、その時は喝采を覚えたものだ。
面倒だと言う奴は栄養剤でもかっ喰らって貰うとして、俺は適当に調理する事にした。
「居住区画までの地図を可能な範囲で転送しといてくれ。それと誰か残っているなら、徒歩で向かうから期待しないで待ってくれと伝言を頼む」
『了解しました。正確な地図ではありませんが最新の物と、測定可能なデータを照合して転送します』
『伝言を送信しました』
ストレッチやロードワークで軽く汗を流した俺は、鍋に火を掛けるとMAPと伝言を頼んでおいた。
端末に最新のMAPが転送され、卵が煮えるまでの間にザっと目を通して確認する。
地図は比較的新しい物だが、テラ・フォーミングの一環で、急成長する改良型の植物を植えているので、それほど当てにはならないからだ。
それでも無いよりはいいし、居住区画までの道のりが判れば構わなかった。
『伝言に対する返答なし。なお現時点で居住している『クロガネ』は、この一週間ほど応答がありません』
「ベース維持の担当がおやっさんなら、即座に返答がある方が珍しいぜ。おおかた工房に籠ってるんだろうよ」
『はい。『クロガネ』は作業モジュール群の改良作業を実行中です』
俺が適当に答えた相槌に、機械音が律儀に追い駆けて来る。
はいよ、とやはり適当な返答を返して、俺はベーコンを取り出すと火にかけ始めた。
カリカリになるまで焼くと、トーストの上に載せて最後の文明的な食事に取りかかる。
別段旨いという程ではなく、料理を極めたダチが懐かしくなったが、『起きて』居ないのでは仕方無い。
つい二人分焼いて余っちまったベーコンは、煮え過ぎて固茹でになってしまった卵ともども、保存食にしちまう事にした。
「それじゃあ出駆けて来るが、念の為に向こうに着くまでの日程分は待機しといてくれ。その後は適宜に軌道上に戻れ」
『はい。了解しました。エマジェーンシーを確認するまで、本システムは待機モードに入ります』
『本システムは捜索能力を除き、待機モードに入りました。良い旅をお祈りいたします』
それから荷物を担いで降下船を飛び出すと、うっとおしい機械音が船外まで着いて来た。
未知への冒険としては出鼻を挫かれた思いだが、機械のする事と苦笑して、振り返りもせずに手を振って応答の意思だけを示す。
これから楽しい道中と思えば許容範囲だし、危険な生成生物に出会ったら逃げ込む事になるのだ。
「また…な。次にそのうっとおしい声を聞くのが何時か知らねえが…」
機械に対して愛想とは気味が悪いという奴も居たが、俺の故郷では万物に魂が宿ると聞いた覚えがある。
最後の最後くらい、愛想を良くしてもバチは当たるまい。
資料でしか見た事の無いジャングルめいた道を進みつつ、俺は新しい星に第一歩を記した。
うさん臭い陰謀騒ぎと、それらが造り出してくれた未知への期待を込めて…。