ドミネーター
「それで、俺にマジシャンの真似ごとをさせて何をやらせたいんだ?」
『第一に、コントロールを離れた生成生命体の居住分化です。敵対意思を持てない種別は構いませんが、凶暴な種別は可及的速やかに該当区域からの排除を要請されています』
まるで奇術師や魔術師のようだと皮肉った俺の感想に対して、機械音は新たな項目を提出する。
先ほど表示された作業モジュール群を、魔術師の杖…スタッフと名付けられた『作業鞄』に詰め込んで、用途に応じて扱えと取り扱い説明書が表示された。
馬鹿らしいネーミングセンスと、まず分類して行くやり方が記憶の隅から蘇る。
このやり方はアイツだ。要請されているという事は、現時点で担当しており、俺を叩き起こす様に指示したのは奴だろう…。
「ナマモノは恐竜みたいなサイズなんだろ?無茶言いやがるぜあいつも。他には誰が起きてるんだ?通り名で教えてくれ」
『この問題に対して現管理者の『司書』から権限を分与されたドミネーターは、『アドベンチャー』である貴方を除いて『伯爵』、『クロガネ』、『アマデウス』、『エキスマキナ』『ファタ・モルガナ』『サルマンデル』です』
『現時点で貴方を含めて七名が起床し、惑星各地で行動予定となっています』
生成生命体について尋ねると、案の定、巨大な生命体が多かった。
作業モジュールを飲み込んだり、急激な環境変化で形も変わっているだろうが、概ね似たりよったりの差だろう。
現時点で確認されている変異体の画像が映し出された後、続いて俺と同じ起きてる連中が表示される。
強力な裁量権を任された…ドミネーターと呼ばれる管理者の内、何人かは見知った顔で気心の知れたメンツと組めるのはありがたかった。
「新技術といやあクロガネのおやっさんが黙って無いのは判るが、あの馬鹿女が居るなら任せときゃいいだろう。何で俺を起こしたんだよ」
『ドミネーター『司書』からの伝言があります。『こんな面白そうな話に、君を起こさないと後が怖い』。です』
『また『サルマンデル』に関しては、『女史が居るのは心強いけど、二つめのお願いに全く不適応だからね』。です』
苦笑した。
いや、話を聞きながら、久しぶりの大笑いを上げた。
俺は腹を抱えて笑いながら、最後に顔を合わせてから何年も経っているのに、全く変わらない連中の事を思いを馳せる。
分類屋のあいつが嬉しそうに調査しているのは当然として、おやっさんは何処かに工房を作って技術の向上を目指しているだろう。
あの馬鹿女に至っては、今現在も何処かで暴れ廻っているに違いない。
「それで、2つ目のお願いってなんだ?どうせやらなきゃならねえ事なら、後で聞かされるより今聞いて後悔した方がいいからな」
『現時点で将来の後悔をする事は不可能です』
『第二の要請は、作業モジュール群の使用について、実績パターンを数多く蓄積する事を求められています』
可能な限り柔らかく造ってあるが、所詮は機械の判断だ。
俺の皮肉に対応できず、パターン通りのつまらない答えを返す。
それでも論理思考が停止せず、お願いとやらを表示するのは及第点…なのだろうか?
「ふーん。登録しといて、使い勝手の良いパターンを呼びだせるようにするのか。1つ2つに固執するあの馬鹿女には確かに無理な作業だな。…それにしても俺に呪文なんて造らせんなよ」
『現在は技術の細分化・極小化が進んだばかりで、万人には向きません』
『貴方が『呪文』と表現した最適パターンの登録は、実用に向けて急務と思われます』
言うが早いか、具体的な手順が表示される。
複数のパワーソースをスタッフに格納し、それぞれ別のコマンド端末や、用途別の投射装置を持ち歩く…。
言葉だけなら簡単だが、相当に難儀な作業に思える。
新し物好きの俺でさえこれだ、ライターで火を熾し、危険物は火炎放射器で丸焼きにすれば良い…なんて言う連中に受けるとは思えなかった。
「まあいい。後は実地でやるとして、俺のスタッフに一通り詰め込んどいてくれ。内容リストも忘れずに転送しといてくれよ」
『要請は受理できません。現在のパワーソースと作業モジュール群の大半は失われています』
『無事に残った製造装置の幾つかは、『司書』と『クロガネ』によって、居住区画に持ち込まれて居ます』
そう言う事は先に言え!
と言おうとして、相手が機械である事を思い出した。
論理思考によって最低限の判断はできるはずだが…。
あくまで先人が伝えた内容のままか、こちらの指示に対応する形でしか動けない。つまるところは、俺の質問かあいつの指示に問題でも有ったのだろう。
「居住区画と言う事は、生活可能なレベルまでは最適化が終わってるんだな?なら現地で受け取るとすっか」
『はい。大気の生成と、有害なウイルスその他の処理は大半が終了しています』
『幾つかの未処理地域に関しては危険区域指定されておりますので、当該区域に立ち入らない限りは安全です』
未処理地域があんのかよ…。
完全処理しねえと、感染で危険じゃねえのか?とか思いつつ、俺は振い立つモノを感じた。
生物の変異とかは怖いが、完全な安全が約束されているってのは、まったく面白く無い。
危険と向きあい、乗り越える方が楽しいだからだ。
これから待ち受ける新しい冒険の日々に、俺は踏み出す事にした…。