覚醒
コッチコッチコッチ…。
古めかしい時計が、規則正しくリズムを奏でている。
そのまま自分が何をしているのか不明なまま、随分と時間を過ごした。
『おはようございます。覚醒して間もありませんが、説明を開始してよろしいでしょうか?』
極力、柔らかく調整された機械音が無味乾燥なまま尋ねて来る。
覚醒と言うのは、目が覚めた事に対してではなく、意識が戻って来た事を言っているのだろう。
だとしたら随分と手慣れている。自分が何をしているのか、何者であったかようやく考えを巡らせる準備が出来そうな頃であったからだ。
目を閉じてから改めて考えを巡らせ、数秒ほど経ってから口を開いた。
「無事に完了でもないようだが、冷凍睡眠から叩き起こすような状況になったのか?他の連中が起きて無い所を見ると、急務って訳でもなさそうだが」
そうだ。
俺は『用件』が完了するか、何がしかの問題が起きるまで眠ったまま待機しているはずだった。
視界に映る画像には、用件が完了するまで随分と掛かる状態に見える。
ならば御役目終了ではなく、修正するべき状況に陥っていると見るべきだろう。
『自分』が『俺』に変わるまでの違和感を乗り越えて、ようやく事態が飲み込め始めた。
『テラ・フォーミングの最終段階で、問題が発生いたしました。可能範囲で再調整をお願いいたします』
「最終段階ってのが幸いかな。まあいい、問題の具定例と、再調整方向に関して説明を頼む」
テラ・フォーミング…。
そう。俺達は画像に映る、新しい星の開発にやって来たという訳だ。
気の遠くなるような長い年月と、恐ろしいまでの圧迫感、無力感を乗り越えて成し遂げようとしている。
まあその分だけの余録もあるが…、報酬なんぞに釣られるには面倒な仕事だった。
人によっては希望とか言う期待感、絶望から来る厭世感で参加する者も居るが…。
「ちょっと待て、可能範囲でだと?そんなに大事なのか?」
言葉の端を思い出し、情報検索に少しだけ付け加えた。
面倒事は厄介だが、俺はそれを乗り越える事を何よりの楽しみにしている。
顔色は替えて居ないはずだが、少しだけ心踊る物を感じ始めていた。
『原因は不明ですが、作業用のユニット・モジュール群を生成生命体に取り込まれる問題が生じしています。この為に生成生命体は別種の存在に変化。既にコントロール外にあります』
「てめえで造った生物にてめえの手足を喰われるたあ難儀な事だな」
思わず笑いそうになった。
いや、既に笑っているのかもしれない。
見た事も無い生物というのは本当に厄介だ。…だが、これほど心躍る未知というのも他に有るまい。
大事というのは間違いがないが、一から星を再調整しようとして無い以上は、対処可能な問題であるからだ。
それから機械音は全く情報を示さず、俺は次の指示も質問も出して居ない事に、ようやく気が付いた。
「ユニットに関して、俺が眠っている間に起きた修正点を上げてくれ。少なくとも俺が知っている限り、取り込まれるようなサイズじゃ無かっただろ?」
『了解しました。まず、御指摘の通り、大幅なサイズダウンに成功しております。ナノマシン的な大きさは実現できませんでしたが、生成生命体の大きさ的には取り込む事が可能です』
技術の向上により革新的に作業ユニットが極小化したらしい。
画像を見る限りせいぜい大きな指輪や宝石大の小型キューブの様だが、俺はナノマシンでない方がありがたいと胸をなでおろした。
目に見えない何かが動き回るだなんてゾっとする。
場合によっては俺の体の中で、這いまわっているかもしれなかったからだ。
小型化と言うなら恐るべきサイズダウンだが、この大きさならば許容範囲と言えなくもない。
「よくもまあそこまで小型化に成功したな。俺が起きてる頃は、それでも『作業鞄』を付け変えなきゃならんかったが」
「本質的には変わりありません。用途ごとに細分化し、供給元と作業内容を毎回組み合わせて使う事になります』
まあ『作業鞄』と言っても、宇宙服に外部モジュールを付け足す感じだ。
作業ごとにロボットを乗り換えていた時代と比べれば隔世の感があるが、便利になった物だと思っていたのに…。
技術の進歩は早い物だと、年寄り染みた感想に浸りそうになる。
そんな時に、違和感のある解説画像が出現した。
「ヲイッ!火なら火を熾すのに、火の供給元と、コマンド元、射出先が全部違うってどういうこった。電気やなんかも同じなんだろ?」
『はい。逆転の発想ですが、機能を分離することで極小型に成功しました』
『用意は必要ですが、比喩表現ではなく『作業鞄』に一式収まる為、この技術が追求されました』
指示するまで何もしなかった機械音は、俺が疑問を出した瞬間に二つも三つも答えやがる。
眠っている間に小さくなった事で隔世の感を覚えたが、実は逆行していたようだ。
準備さえすればコマンド一つで色々できるのはありがたいが、必要事項の想定や設定内容は……。
タネを仕込む奇術師…いや、まるで魔術師の様だ。
頭が痛くなると同時に、俺は奇妙な高揚感に襲われていた。