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姉様の幸せのために

作者: 藤崎珠里

 『ムーン・テイル』。 月の国の姫である主人公が、身分を隠して魔法学院に通い、学院のキャラを攻略する乙女ゲーム。

 それを、友達に薦められて買ってみたものの。私ってゲーム機持ってないじゃん、とアホなミスに気づいたんだよね。買う前に気づけよ、という話だが、気づかなかったのだからしょうがない。うん。


 ゲームなんてやらない人間だったから、このゲームだけにゲーム機を買うのもアホらしかった。ので、説明書だけ読んで部屋のどこかにしまっていたのだ。どこにしまったかは全く思い出せない。というか、ゲームの存在自体、忘れてたんだけど……さ。


「セレネ、早く食べなきゃ遅刻しちゃうよ」

「……はい、姉様」


 あのゲームって、主人公に異母妹なんかいたっけ?

 なんて、この世界に生まれてから何度考えたかわからないことを、ぐるぐる考える。考えたってわからないのだが、人間……いや、私は正確には人間じゃないのだが、それは置いといて。人間は不思議なもので、わからないことを延々と考えてしまうものなのである。


 でも今は、そんなことどうでもいい。早く食べないと、本気で遅刻する。


     * * *


 石月(いしづき)千湖(ちこ)

 それが私の名前だった。なぜ過去形なのかというと、普通の高校生らしく学校へ向かっていたある日、交通事故で死んだから。不幸中の幸いか、即死だったらしく痛みは全くなかった。ものっすごいスピードで車が突っ込んできた恐怖は、まだまだ根強く心に残っているけれども。


 で、気づいたら、赤ちゃんになってた。

 セレネ・ヴィヴァーシェ・ムーン。これが、今の私の名前である。


「セレネ、教科書持った?」

「はい」

「筆箱持った?」

「はい」

「杖持った?」

「はい」

「ハンカチ持った?」

「……はい」

「えーっと、あと水筒は?」


 はあっと深いため息をついてみる。

 まったく、何なんだろう。この姉様は。


「姉様は心配性ですね……。大丈夫です、ちゃんと必要なものは持っています」

「本当? なら行こうか」


 あっさりと納得してしまう姉様。心配性なのかそうじゃないのか、いまいちよくわからないな。


 銀色の美しい髪。とっても澄んだ、大きな青い瞳。ぱっちりとした目を縁取るのは、何もしなくてもくるんっとカールしている長いまつげ。白い肌は、運動でもしようものならすぐにピンクに染まってしまう。

 心配性で、優しくて、綺麗で、ちょっと頭が悪くて、運動音痴で、天然で、単純で、でもその単純さで人を救ってしまう。


 それが、ディアナ・ヴァルハーナ・ムーン。

 『ムーン・テイル』の主人公であり、私の大好きな姉様でもある。……なんて、言ってみたり。大好きなのは事実だが、言うのはなかなか恥ずかしいものだね。


 どうしてゲームをやっていない私が、この世界がゲームだと気づいたのか。

 いや、この国が月の国ティアムって時点で、うん? と思ってたんだけどね。確信したのは、姉様の名前を聞いてからだ。ゲームでは確か、ディアナの部分はいじれて、ヴァルハーナ・ムーンはそのままだったと思う。

 月の国の姫、ディアナ・ヴァルハーナ・ムーン。説明書しか読んでいないっていったって、キャラ紹介のとこもちゃんと読んでたんだから。姉様が主人公であると、わかると同時に納得したものだ。


 って、今そんなの関係なかったね。


「姉様こそ、大丈夫なのですか?」


 姉様を、頭の先から靴の先まで確認してみる。心配性なこの姉様は、たまにとんでもなく抜けている。


「だいじょーぶ!」


 姉様は胸を張った。外見で、唯一胸だけは残念だ。

 ……大丈夫、なの? これで。一番大切なものを忘れてると思うんだけど。


「姉様、帽子はどうしたのですか?」

「え?」


 きょとんとして頭に手をやった姉様は、さっと顔を青くした。「ちょっと待ってて」と言いながら、走っていってしまう。


 今日は、魔法学院の入学式。私は姉様の妹だが、同じ年に生まれているため同級生となる。

 ……今日から、だ。

 そっと息をついて、目を瞑る。


 今日からゲームがスタートする。説明書しか読んでいないのだからそんなこと関係ない、と言われるかもしれないが、関係あるのだ。……たぶん。

 乙女ゲームには、バッドエンドとやらが存在すると聞いている。ノーマルエンドやら何やら、色々存在するようだけど。

 だけど!

 私は姉様に幸せになってもらいたい。バッドエンドなんてもってのほか。目指すは一番いいエンドだけ! 何エンドって言うのかは知らないけどさ。それ以外は許さん。


 魔力がある人は全員、十五歳になると魔法学院に通うことになる。姉様しか魔力がなかったらどうしようとびくびくしていたが、私にもちゃんとあった。(ほっ)

 言い忘れていたが、『ムーン・テイル』はファンタジーの世界だ。学院で魔術を習って、卒業を目指す。国の外の魔物を倒したりとか、戦闘要素もあるんだよね。果たして姉様にできるのかは別として。


 こほん。

 ファンタジーらしく、妖精もいるしエルフとかもいる。

 私は兎の獣人だし。獣人とは言っても、人間ベースでその動物の特徴がつくだけ。私の場合、外見上の人間との違いは耳としっぽだけだ。

 白い垂れ耳だよ、しっぽ丸いよ。自分で言うのも何だが、なかなかの触り心地だと思う。顔は残念だけど、それはいいのだ。ちなみに、姉様は普通の人間。


「ごめんね、セレネ! 行こうか」


 戻ってきた姉様は、走ったせいで息が荒かった。過呼吸っぽいけど大丈夫? 顔も真っ赤だし、もうこれ病気なんじゃない?

 姉様はちゃんと、さっきはかぶっていなかった帽子を頭にかぶっている。よく魔女がかぶっている、あれだ。三角の。魔法学院の中には、これをかぶっていないと入れない。白い三角帽子は生徒の証なのだ。卒業すると、薄い黄色の帽子が渡される。

 よくわからないけど、何かをしていくと帽子の色は黒に近づいていくらしい。立派な魔法使いはちゃんと黒い帽子をかぶっている。


「あ、姉様。行くのならエリクも一緒じゃないと」

「……むぅ。護衛なんていらないのにっ」


 むくれる姉様も可愛いが、もう城を出ないと遅刻する。


「仕方ないですよ。姉様はこの国の姫なんですから」


 魔力がある人は全員魔法学院に通う、と説明したが、それには例外もある。

 王族、つまりは姉様や私は、本来なら学院に行かなくともいいのだ。だが姉様が行きたいと言い張り、今に至る。父様は最後まで渋っていたが(過保護なんだよね)、私が「心配なら、エリクを護衛として一緒に通わせてください」と頼んだら、了承してくれた。


 エリク、というのは、姉様と私の幼馴染。宰相の息子だ。丁度同い年だったので、よく三人で遊んでいた。騎士を目指しているため、毎日鍛錬を欠かさずやっているようだ。そこらの騎士より強いんじゃないだろうか。……と思うのは、きっと贔屓目で見ているからだろう。


 想像がつく人もいるかもしれないが、エリクは攻略対象だ。エリクが護衛として通うのは、ゲームのシナリオどおり。


 ……ん。噂をすれば何とやら、か。


「そうだよ、ディアナ。というかセレネ、君も姫でしょ。何自分が姫じゃない、って感じに言ってるの」


 いつもながら、どうやって気配もなしに近づいてこれるのか。


 エリクは金髪碧眼の美少女である。

 いや、間違えた。金髪碧眼の、()()()だった。

 この一見美少女に見える外見が、私がエリクを護衛に、と言った理由の一つだ。私はともかく、姉様は綺麗なので、近くにいると男だと嫉妬やらで大変そうだと思った結果なのだ。エリクは申し分のない美少女だから、姉様の傍にいても何か言われることはあまりないだろう。


 エリクの説明はこのくらいにしておこう。

 ……いや、もう少し言ってしまうと。

 エリクは、私の好きな人なのである。その、ええっと……家族とかの好きじゃなくて、ちゃんと恋愛的な意味の『好き』だから。その辺は勘違いしないように。


 私は素直じゃないので、エリクの前ではツンツンしてしまうが。……しょうがないんだよ。


「私より、エリクのほうが姫っぽいけど?」

「……それは否定できないな」

「否定してよ! 姉様に比べれば全然だけど、私だって一応は姫なんだから」


 はいはい、と苦笑される。むっ、頭をなでるのは反則だ。エリクのなで方は、言葉では表せないほど上手い。


「ってどこ触ってんの!?」


 耳を触ってきたので、慌てて離れて姉様の後ろに隠れる。そして、耳をぎゅっと押さえた。

 耳は駄目だ。こう、むずむずするというか。くすぐったいのに気持ちよくて、頭の中がふわふわになる。

 私をかばうように立って、姉様がエリクを睨む。


「ちょっとエリク、セレネをいじめないでよ」

「だって気持ちいいんだもん」


 エリクは全く悪びれず、肩をすくめる。


「ところでお姫様方。歩いていったら、もう遅刻間違いなしだけど?」

「「エリクのせいだっ!」」

「……ほんと、君たち仲いいよね」


 呆れたように言うと、エリクはしゃがんで背中をこちらに出した。

 ん? これの意味は何だ? と少し考え、納得。


「ほら姉様、早くエリクに乗ってください」

「ええっ!?」

「ディアナ、早く」


 二人して言われて、しぶしぶ姉様はエリクの背中に乗る。その間に私は、自分に魔法をかけてっと。

 え、何で魔法を使えるか?

 私、魔法の才能だけはあるみたいで、本を読むだけで使えるようになってしまった。今自分にかけたのは、身体強化の魔法だよ。エリクは魔法をかけた状態の私と同じくらいの、馬鹿げた身体能力を持っているから魔法をかける必要はない。


 ……まあ、疲れにくくなる魔法くらいはかけてやるけどさ。


「じゃ、行こうか。セレネも準備できた?」

「ちょっと待って……うん、平気」


 エリクにばれないように、そっと魔法をかけてからうなずく。

 ……あれ、何かこっち見てにやにやしてる。


「な、何?」

「何でもー? さ、しゅっぱーつ」


 そう言って走り出したエリクを、慌てて追いかける。姉様はエリクの背中で怯えたように縮こまっていた。ごめんなさい、姉様。でも正直、姉様の体力じゃ学院まで走れませんから。

 本当に、姉様がどうやって戦闘するんだろう? こんなことなら、ゲーム機代けちるんじゃなかった。ストーリーを知ってれば、姉様の役に立てたのに……。


     * * *


 まあ、そんなことを言っても仕方がない。

 学院に着いて、入学式で校長先生の長い話を聞いて。今日はもう、クラスで自己紹介とか色々して終了だ。


 でもその前に、聞いてほしい。


 何と……姉様とクラスが離れてしまった!


 魔力があれば入れる学院だが、入る前に学力テストのようなものがあった。一応姫なので、結構な教育を受けてきたため、テストは余裕だった。

 だけど、だけど……! こんなことになるなんて。


 A、B、Cクラスがあって、成績順にクラス分けをしたと入学式で聞いてから、覚悟はしていた。だってだって、姉様は頭が悪いんだから……! というか思い返せば、ゲームの説明書には、主人公はCクラスに入るって書いてあった気がしたから。

 私はAクラス。AクラスはB、Cクラスと階まで違う。何てこった! 知っていたらテストで手を抜いて、Cクラスに入っていたのにっ!


 エリクは知っていたらしく、ちゃんと手を抜いてCクラスに入っていた。教えてくれてもいいのに……。仲間はずれよくない。(ぐすぐす)

 元々赤い目を更に赤くして泣いていたら、教室に先生が入ってきた。……このクラスには、泣いてる女の子をなぐさめようとか思う奴はいないのか? 前の席の子には色んな人たちが話しかけていたのに。まあ、話しかけられている子は不機嫌そうだったが。

 とりあえず泣き止んで、先生を見る。先生はやる気なさげに、教卓に手をつく。


「あー……。Aクラスの担任になった、ニルスだ。担当教科は魔物学。以上。んじゃ、そっちから適当に自己紹介してけ」


 適当な先生だなあ。この学院の教師なら、能力には問題ないだろうけど。

 ……攻略対象に先生はいた気がするけど、この人じゃなかったような。それでも、ここはゲームではなく現実だから、油断は禁物だ。とりあえず、格好いい人と何かの能力に秀でている人には、警戒しておこう。


 先生の言葉に、私の前の席の子が立ち上がる。


「俺様を知らない奴はいないだろうが、一応名乗っておく。テランス・ティモケ・フィーランドだ。自分より劣っている奴とは口も利きたくない。だから話しかけるな、不愉快だ。覚えておけ」


 ……俺様キャラ。なのに、兎の獣人? 私とは違って、耳は立っているタイプだった。俺様キャラがうさみみつけてる……何だそのギャップは。

 覚えてないけど、なーんか攻略対象っぽいな。うむ、警戒だ。

 あ、この子の名前聞き逃した。今度さりげなく訊いてみよう。


 うさ俺様(勝手に命名)が座ったので、次は私の番かな。父様に用意してもらった偽名を、さっと思い出す。

 セレネ、以外の部分を変えたものだ。第二王女の名前はそれなりに有名だから、偽名を使う必要があるのだ。セレネをそのままにするのは、そのほうが姉様が呼び間違える心配がないから。……姉様がそういうことに関して、どれだけ信用されてないかがわかるね。

 姉様の偽名ももちろんあるんだけど、自己紹介のときが心配だ。ああ、Cクラスになりたかった……。姉様が失敗しても、エリクがフォローしてくれるとは思うけど。


「セレネ・ヴィーヴァ・ルーナです。ええっと、好きなものはにんじんです。……その、方向音痴なので、学院の中でも迷子になるかもしれません。そのときは道を教えていただけると嬉しいです。よろしくお願いします」


 くすくすとした笑い声が聞こえてきて、顔が熱くなった。失敗したかな。友達できなかったらどうしよう。

 でも、うさ俺様のせいで悪くなった空気が和らいだし、いいことしたと思えばいっか。


 その後も自己紹介が続き、とりあえず外見だけで警戒が必要だと思ったのは、ニルス先生とうさ俺様だけ。たぶん、Cクラスにはもっといるんだろう。いや、先輩にいるのかな?


 自己紹介が終わったら、明日の時間割と必要なものの説明を受けて、帰ることになった。

 エルフの女の子の「気をつけ、礼」にあわせて頭を下げて、すぐさまCクラスに向かう。Cクラスは二階だったっけ?

 場所がわからないので、適当に歩く。何でこんなに学院って広いんだろう。歩いてれば、いつか姉様とエリクに会えるかな。

 そう思いたかったが、やっぱり不安だったので通りかかった人に道を尋ねることにした。


「すみません、一年生のCクラスはどこでしょうか?」


 話しかけてから、失敗した、と思った。ネクタイに入った線が黄色。確か、一年は青、二年が赤だった。この人は三年生なんだろう。でも、失敗した、と思ったのはそれが理由ではない。


 ――この人、狐の獣人だ。

 兎の天敵はいっぱいいるけど、狐やイタチはその中でも有名である、と思う。とにかく、兎の獣人である私は、肉食系の獣人が苦手なのだ。見るだけで、耳がへにょりとなる。いや、もともと垂れ耳なのだが、もっとこう、へにょりとなる。

 狐さんは私に目を向けた。



「そんな方法で私に近づけるとでも思ったのですか? 浅はかな考えですね。いえ、すみません、言葉が過ぎました。おめでたい頭ですね、と言ったほうがよろしいですか? ここは三年Aクラスの教室です。一年生、しかもCクラスがこんなところにあるはずがないでしょう。ですが、兎が私に話しかけた勇気は認めてあげましょう。まあ、認めるだけですが。それだけでも感謝してください。私が人を認めることは滅多にありませんから」



 びっくりした。

 びっくりしすぎて耳が立った。さっきまでへにょりとしていたのが嘘のようだ。

 何この人! 確信した、絶対攻略対象だ!

 ……でも大丈夫。優しい姉様のことだから、私が苦手な種族の人を選ばないはず。ましてや、こんな性格じゃ。姉様が好きになった人で、姉様を好きな人なら、誰でもいいんだけどさ……。

 この狐さん、すごいね。まだ話してる。


「あの、すみません」

「人の話は最後まで聞きなさい。そんなことも、貴女のご両親は教えなかったのですか?」


 勇気を出して話を遮ると、信じられないことを言われた。

 ……こいつ今、父様と母様を侮辱した? 思い出せば、さっき姉様のことも貶していた(一年Cクラスを貶したから)。

 私自身が貶されるのは、別にいい。だが、家族のことを言われるのは我慢ならない。

 怖いのも忘れて、私は狐(さん付けなんて必要ない!)を睨みつけた。


「少なくとも、こちらの話も聞かずに私の家族を侮辱する、貴方よりはまともな教育を受けてきたつもりです。私の質問に答えてくださらないのなら、貴方なんかに用はありません。では、失礼します」


 狐はぽかんとしていたが、気にせずその場を後にする。

 あーもう、気分悪いっ。攻略対象だか狐だか何だか知らないが、初めて会った奴にどうしてあそこまで言われなきゃいけないんだ!


 怒りながら歩いていたら、前から姉様とエリクが歩いてくるのが見えた。ああっ、姉様が私に手を振っている! あいつを見た後の姉様の笑顔は、本当に輝いて見える。


「姉様っ! 大好きです!」

「わっ、どうしたの?」


 抱きつくと、姉様はびっくりしながらも受け止めてくれた。


「……どうもこうもありません」


 むすっとして、姉様から体を話す。

 狐の話をしようとして、やめた。エリクが目に入ったからだ。もはや狐なんかどうでもいい。


「……エリク」

「え?」


 なぜか焦ったような顔をするエリク。


「仲間はずれ、嫌い」

「うっ」

「私もCクラスにすればよかった。言ってくれれば、手、抜いたのに。……Aクラスになったせいで、あんな奴にも会ったし」


 ちょっぴり狐のことも言うと、姉様もエリクも面白いほど慌てた。


「えっ、どんな人に会ったの? 大丈夫? 何かされなかった?」

「もしかして、あの兎の獣人に何かされた? Aクラスで一番性格悪そうなの、あいつだったけど」

「姉様、心配してくれてありがとうございます。姉様がそう言ってくれるだけで、私はもう嫌なことなんて忘れられます」


 姉様は何も悪くないから、姉様にだけお礼を言う。エリクは私を仲間はずれにしたから、しばらく口を利くものか。

 エリクは情けなく眉を下げた。


「セレネ……」

「姉様、早く帰りましょう」

「え、う、うん。何でエリクを無視するの?」

「姉様は優しいですね。でもエリクのことは気にしなくていいですよ」


 ほんのちょっと、本音も混ぜてみたり。

 エリクは姉様が好きだ。聞いたことはないけど、見ていればわかる。だって……その、私に対する態度と、姉様に対する態度が明らかに違うんだ。姉様のほうが大事にしてるっていうか。

 だから、姉様がエリクを好きになったら両思いだ。あまりそうなってほしくはない。


 姉様と一緒に歩き出すと、エリクが謝ってくる。


「セレネ、クラス分けのこと言ってなくてごめん」

「エリクは姉様と一緒のクラスになれれば、私なんかどうでもよかったんでしょ」

「そうじゃなくて!」


 焦るエリクから、つーんと顔を逸らしてやる。

 エリクが私に伝え忘れた、ということはないと思う。だから、何か事情があったのだろう。

 しかし、納得できるかは別物だ。少しの間くらい、拗ねていたって罰は当たらない。


「姉様、今日はどうでした?」

「楽しかったよ! 友達もできたんだー。今度、セレネに紹介するね!」


 それからね、と楽しそうにしゃべる姉様を見ているのは、幸せだ。

 城に着くまで、姉様は話し続けたのだった。


     * * *



 心配性で、優しくて、綺麗で、ちょっと頭が悪くて、運動音痴で、天然で、単純で、でもその単純さで人を救ってしまう。

 それが、私の大好きな姉様。私も姉様の単純さに救われた一人だ。


 だから、バッドエンドになんかさせない! 姉様には幸せになってもらうのだ。


 ……えっと、できればエリク以外を好きになってほしいけど。

 それでも、もし姉様がエリクを選ぶんだとしたら。

 そのときは、ちゃんと祝福しよう。


 でもそれまでは、エリクを好きでいていいよね?






 最近流行りの、乙女ゲーム転生ものを書いてみたくなりました。当初の予定とは全く違う、お姉ちゃん大好きっ子ができあがりました。

 ……あれー? うん、設定適当でごめんなさい。


 この話はこれでおしまいです。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


2013.1.14

 と、書いていたのですが、続編を書き始めました。同名の連載小説です。よろしければ、そちらもお読みいただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 続きがない [一言] 続編を強く強く希望します!
[一言] 続いてくださいいやマジで XD
[良い点] 主人公が可愛くて続きが気になります。 垂れ耳ウサギとかかわゆすぎるのに、狐さんに啖呵きるとこなんて凛々しくて、姫様っぽい。 個人的には俺様ウサギと二匹でモフモフしてほしいです。可愛いから…
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