Fan and Partner
電話越し、君の声。
「もう少し待って」
今は君に会いたくない。
遠くから見ていたい。
[遠い私、隣の私]
友達と会っていた。
君の知らない私になっていた。
時間は刻一刻と迫る一方、この輪から抜け出せずにいた。
鳴るバイブレーション。私は作り笑顔で席を立った。
『ねえ、今どこなの?』
騒がしい私の側、騒がしい君の側。だけど不思議と切り取った空間のように、私たちの会話は異次元で、君の声は鮮明で。
「現場」
あながち間違いじゃない。そこに元々用があって居るだけ。
『え?いや俺たちも着いたんだけど』
きっと彼女らは先生から聞いた話題で盛り上がっているだろう。素知らぬ顔して、私も戻ってから混ざるんだ。
『でも学校広いから迷うな』
「校舎」
『ん?』
「校舎に、いる」
外を見た。
見慣れた場所に似合わない雰囲気がある。異質だ、当事者なのにそう思う。
彼らは人目を気にせず私を探すんだろうか。
少し離れた廊下から、黄色い声があがった。
馬鹿だなあ、きっと注意されてるはずなのに。
「今日は同窓会やってますよ」って。
ならスケジュール合わせよ、って言う姿が思い浮かぶ。それもそうだ、わざわざ人に見られる日にしなくても。だけど大人の事情ってものも解ってる。
「……っ、やっぱもう少し待って」
『は?』
「つーか、大人しくしとけ」
それでも一応、ゲイノージンだろ。
彼らの姿が見えたから、私はクルリと背を向けた。
そして未だに沸いている彼女たちを見ながら言い放った。
それに渋々頷いた君は、電話を切った。
途端に寂しくなる。切り離されたように、距離が遠くなる。
だってまだ、君の前に現れることなんてできない。ちょっと?いやそれ以上にセンチメンタル。
私が何人もの他の女と同じ立場のような気がして。私は特別なんかじゃないと思えて。
ただの光と影、そんな感じ。
「ごめんごめん、お待たせ」
「ねえ、見た?かっこよかったー!」
今はバンやスタッフしか見えないけど、そっちを指差して誰かが言う。
少しだけ罪悪感が過ぎる。
あと少ししたら、誰かが電話を寄越したら、私はあっちの側に行く。彼女らが指差す方に。
「見てないやー」
「勿体無い!ちょっと出てきたよね?」
「少し見に行っていいのかなあ」
純粋に騒いでる彼女たちを羨ましいと思う。逆に私も羨ましがられる立場なんだろうけど。
無い物ねだりってヤツ、かなあ。
私にはその立場が時々、辛くて仕方ない。こんなに近いのに、こんなに遠い。
昨日まで近かった距離が、急に全く違う物になってしまう。ステージと客席を隔てる柵、通路、段差に変化してしまう。
その笑顔はファンの子に向けるものであって、それ以上の特別にはなれない。だけど私の中では苦しいくらい大きい。
近くで見てきた嫌なところも、一回りして愛しく思えるのに。どっちが私の居場所なんだろう。
「あんたも行く?」
「うーん、どうしようかな」
興味無い人は、さっさと帰った。二次会、と言うひともいた。だけど好奇心旺盛な友達が多くて、仲良しは殆ど残ってた。
帰ればいいのに、とまでは思わないけれど。
「今何時?」
「15時半」
「え、用事?帰る?」
問いかけに、「あー、うー」と唸る。帰るって、行く方向真逆だもんな。
そんなとき、再びのバイブレーションと女子の声が上がるのが同時で。
『もう時間だぞー!つかさ、なんで言ってくれないわけ?』
「はい?」
ちょっと怒り気味の君の声。ふと彼女たちの視線の先に目をやる。
……ああ、やってしまった。あの、馬鹿が。
『おーまーえ!そこに居るじゃねーか』
空いている手で指差しをする。勿論点線結べば、私のところ。
え?という友達の痛い視線をくぐり抜け、私は荷物を持って走った。
「馬鹿!」
扉を開けて外に出る。二重の君の声が降ってきた。
『馬鹿ってなんだ!皆待ってるぜ?』
「隠してたのに!」
バシッと軽く背中を叩く。痛い痛い、と過剰に痛がってみせた。
「えー!?どういうことー?」
少し遠くから友達の声が聞こえる。恐る恐る振り返って、「ごめん!」と叫んだ。
「後で聞くから覚悟しなよー!」
冗談めかした声。思ったのと違う反応で面食らう。
すると隣の君はクスリと笑った。
「そんなんで友情終わんねえだろ」
「……うん」
「俺が来なかったらお前、抜け出せなかったろ?感謝しろよー」
「あはは、ありがとう」
頭を撫でられて、そこが熱くなっていく。かっこよくなったな、なんてちょっと姉目線。
見上げた横顔は、少し得意げで笑ってしまった。
笑うなよー、とじゃれつかれる。
そっか、君の隣に居るのは私なんだ。
「来た来たー!」
仲間たちが笑顔で迎える。
私と同じラインの仲間が、「用意してこいよ」と話す。
私はその雰囲気に幸せを感じながら頷いた。
回り回って、このポジションが死守出来ればいい、なんて考えた。
遠く感じることはあるけど、君の隣に居られるのは変わらない。
「頑張ろうぜ」
「おう」
可愛くしなくても、時々女子に戻っても、君たちは私を受け入れてくれる。
笑顔で君に会える。
それ以上望むなんて、罰当たりだ。