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【短編集】恋愛小説

食事

作者: 仁井暦 晴人

 1LDKで家賃五万五千円。築二十年という古さが微妙だが、大家がしっかりした人なのできちんと改装済みの物件だ。首都圏と較べれば安いのは間違いない。

 彼女と相談し、お互いの職場にも近いという立地条件の良さが決め手となって契約した。

 先月まで、狭いと感じていたこの部屋。

 今月からは、広い。

 そして、寒い。

 もうすぐ初夏を迎えるというのに、まるで冬に逆戻りしたようだ。

 ここが落ち着かない広さを感じる部屋となってしまってから二週間経つが、まだ慣れない。

「なんだか古典的というか。置き手紙残して居なくなるなんて」

 一方的だな。否、違う。一方的だったのは……悪いのは俺の方だ。

 彼女は、何度もサインを送ってきたというのに。俺は気付かなかった。

「そうじゃない……な。気付かない振りをしたんだ」


“あたしは空気じゃないんだよ!”


 なぜしっかり話し合わなかったのか。振り返ってみると、彼女の楽しそうな顔はあまり思い浮かばない。泣きそうな顔や、怒っている顔ばかりだ。

 彼女のサインを受け取らなかったのは、俺が鈍かったから?

 いや、記憶を美化しても虚しいだけだ。俺が狡かったのだ。泣かせたのも俺。怒らせたのも俺だ。

 俺は会社から任されたプレゼンに成功して成約する確率が上がった。そのたびに打ち上げと称して飲み会に行った。そうでなくてさえ顧客の接待で帰りが遅くなる日が続いていたというのに。

 最初は彼女も祝ってくれた。彼女が用意してくれた食事が無駄になっても、その日の内に帰れば彼女は笑顔さえ見せてくれていたのだ。

 そのうち、連絡もなく俺の帰りが遅くなるのは当然のことのようになり、彼女の笑顔は消えた。

 結局、甘えてしまったのだ。俺は、彼女に。


 それにしても、休日は手持ち無沙汰だ。

 槇原敬之を聴いてみた。そして、すぐにやめた。失恋の気分に余計に深く浸ってどうする。俺はバカか。

「というか……。百パーセントバカだけどな」

 救いのない独り言が増えた。意識して独り言を我慢しないと、マイナスの気分が募っていく。

 さて、昼飯でも作るか。

 冷蔵庫を漁った俺は、またしても独り言を呟く。

「げ。牛乳の賞味期限、先週で切れてるし。……そういえば買い物してないし」

 仕方ない。またカップラーメンか菓子パンでも買ってくるか。

 そういえば、もう昼だというのにまだパジャマを着たままだ。着替え、財布を持ち、玄関に向かった時――。

 呼び鈴が鳴った。

 何かの勧誘だったら面倒臭いが、ちょうど出掛けるところだ。セールスマンなら適当にあしらってやる。


 ドアを開けると、目の前にスーパーの袋があった。中身がいっぱいで、相手の顔が見えない。だが……。

「あ……!」

「これからカップラーメンでも買いに行くつもりだった? どうせ、ちゃんと食べてないんでしょ」

 ええと。こういう時、なんて言えばいいんだろう。

 俺が絶句していると、相手がもう一度話しかけてきた。

「……ただいま」

「……おかえり……」

 俺はドアを大きく開け、彼女を迎え入れた。

「これからは、たまには俺も作るよ」

「ん?」

 俺と君の、二人のための食事を。

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