ぶすり
石段を上がっていくと確かに道が二又に分かれていた。
「右だったな」
「はい」
「よし行こう」
「ちょっと待って」
右側の石段へ歩を移して程なく、後ろから恵ちゃんに呼び止められる。
「どうした? 」
振り返ると、彼女は細く形のいい鼻梁を指先で摘んで佇んでいた。
伏目がちにして、何やら考え込んでる様子。
「トイレでも行きたくなったか? 」
「違います」
「じゃあ、何なの」
俺は投げやりに尋ねた。
動き出したら中断されるのが嫌いな性分だ。
「先いくよ」
返事がないので、焦れてきて歩き出す俺。
「佐竹さん! それ以上行ったら死ぬ」
「ええ」
物騒な言葉が飛び出して、驚いて足を止めて彼女に向き直った。
「どうしたんだよ」
「これは罠です」
「はぁ? 」
「馬鹿馬鹿しい」
「あの烏人間は嘘をついています」
「そんなことないよ、あの真剣な眼差し、なんか鬼気迫るものあったじゃん、たぶん、思うに、ここにいたら長老達がそのうち態度豹変させて、俺達をロープでしばりあげてさ、昔からの風習だとかで、山神様に人身御供として俺達捧げて命おとすはめになるんだよ、それを哀れに思う村人Aである彼が助け舟だしてくれたんだ、千載一遇の逃げ時だろうが」
「佐竹さんも人のこと言えないくらい妄想豊かですね、だけど、私の話を聞いてください」
俺の頭の中にはもう、ここを出て地上を歩いている未来の姿が描かれている。
今さらこの未来図を変える気はなかった。
しかし、言い出したら、彼女は人の意見など聞きやしない。
薄ら寒い空気が漂う石段の上に屈むと、鼻水を指で堰きとめながら、しばし彼女の話を聞いてみるこにした。
「いいですか……~中略~――罠の確率が高い、一応見に行きますが、慎重に行きましょう。待ち伏せされてるかもしれませんよ」
話は相変わらず妄想たっぷりで、まともに聞いちゃいられなかった。
――けど、冷静になってみると、そんなこともあってもおかしくはないとも思う。
俺は両者の意見の間をとることにした。
「良く分かった、じゃあ、取り合えず、油断せずに行こう」
間をとっても、俺の意向に変わりはない。
「分かりました」
拒否されるかもと思ったがあっさり彼女は了承した。
「行こう」
「ちょっと待って」
「まだ何かあるの? 」
苛立ち気味に俺は言った。
「これを……」
言いながら、彼女は持っているバック中を弄って何かを取り出した。
暗所で鈍い光を放つそれは――鈎爪を模したような刃物!?
「調理場からくすねて来ました、えへ」
「えへって、なんで調理場にそんなものが!? 」
「これを手に嵌めて、お芋切ってましたよ」
「そうか、烏だもんなぁ――って違う! それより泥棒じゃないか、勝ってに持ってきて……」
「大丈夫! いざとなったらこれでぶすりと」
俺は顔を右手で包むと、大きなため息をつく。
「はい、どうぞ」
恵ちゃんはにっこり微笑んで俺にも鈎爪を手渡してくれた。