ごとり。
「ガーガーガー」
「ごちそうさま」
朝の食事はイモ類や植物の葉のお浸しみたいなものが出た気がする。
俺は彼等と同じ席にいる間は、思考を切ってオート化していた。
いわば、人形だ、ロボットだ。
相手の反応に対して適切な答えを返すのみだ。
自分が何を見て何を食べているのか認知する必要はない。
「じゃちょっと散歩してきます」
木造の三角屋根の家の引き戸を丁寧にお辞儀しながら閉める。
この山の散策に今から出かけるのだ。
「日本のド田舎の集落みたいだよね」
「さぁな」
山腹から振り返って鳥集落の全貌を見渡していた。
もうオート思考から通常のものへと切り変わっている。
「まぁ、建物や生活は確かに日本のものと似てはいた」
確かに日本家屋に近い造りの建物が、この山には点在していた。
しかし、細かい部分は微妙に違う。
屋根に烏の羽を貼り付けてたり、床に楕円形の使用用途不明の穴が開いてたり、良く見れば何かが違っていた。
「でも佐竹さん、あの人たちと会話できるみたいだよね」
「できるみたいなんだ」
最初は当てずっぽうで言ってたのが、たまたまうまく嵌っているのかと思っていた。
しかし、俺は何故か彼等の言葉を感覚的に理解できるみたいなのだ。
何言ってたか思い出せないが、長老と会話できていた気がする。
「それって頼もしいー外国に行って英語しゃべれる男性いたら素敵ですよねー」
「ははは、少しは見直したか? 」
「えぇ、頼りにしてます佐竹さん」
ちょっとおどけて言ってみたけど、その能力の出所は不明だ。
「取りあえず、上っていこう」
「はいー」
まぁ、細かい謎は後回しだ。
今は烏のお宿から少しでも離れて英気を養うことが先決だ。
勾配が緩やかな山道を上がっていく。背の高い木々の太い幹が、山道の両脇に連なるように立っていた。山深くに足を踏み入れてからは、青空はその木々の大きな葉の屋根に隠されていて、辺りは緑の闇に覆われて薄暗かった。
「道は整備されているのに、ここはどこかのジャングルみたいだな」
「ですねーでも空気はおいしいです」
彼女はここに来てから途轍もなく機嫌が良い。
お宿で飯食って湯浴みもできたし、部屋も悪くはなかった。
ちょっとした旅行気分なんだろう。
弾むような足取りで、俺の3歩先くらいを歩いている。
「恵ちゃんは烏達全然恐れないよな」
「えぇ、円らな瞳がかわいいじゃないですか」
「ほぉ、あれが……」
「私昔鳥かごに烏飼ってたくらいですから、慣れてるんですよね」
悪趣味な。
普通の烏じゃないんだし、ちょっとは怖がれよ。
「長老に聞いた話ではこの山の頂には大きな建物があるらしい。ここの神様を祀ってるそうだ」
「頂ですかーまだ遠そうですね」
今山のどの辺りにいるのか見当がつかない。
これ以上、上って行っても、帰る頃には日が暮れて真っ暗な山道を降りるはめになる。
「戻るか……」
「そうですね」
嫌々ながらも、烏のお宿へ引き返そうと踵を返した時だった。
バサバサバサ。
不意に鳥の羽音のような音がしたかと思うと、下方の石段に烏の村の住人が現れたのだ。
「こ、こんにちわー(ガーガーガー」
「ガーガー(お前等か、昨日来た奴等は」
以下、ガーガー省きます。
「ええ、そうなんですよ、長老さんに優しく……」
「早くこの村を出ろ」
「――え? 」
耳にはガーガーと聞こえるのだが、感覚で捉えた声はやけに渋く少し険のある声だ。
表情のない顔には凄みがあり、円らな瞳には有無を言わぬ迫力があった。
「いいから出るんだ! 」
「ひ……」
怒鳴り声に俺は怯んで一歩後退る。
威圧するかのような鋭い眼差しを受け、足が竦んでしまって動けない。
蛇ににらまれた蛙だ。
「な、何はなしてるの? 通訳して」
「ち、ちょストップ」
彼女も何か俺達の会話から不吉な影を察したのだろう。
だが、今は彼との話を中断するわけにはいかない。
「出るんだ、すぐに出ろ」
「そんなこと言われても出る方法が」
「この山をもう少し上がったところに2又に分かれる道がある、そこを右に辿れば地上へ出るゲートがある、そこから地上へ降りる事ができる」
「ええ」
「いいな、すぐに出るんだぞ、じゃあな」
そう言い残すと、漆黒の翼を大きく広げた彼は、バサバサと羽音を立てて木々の向こうに広がる緑の闇へ消えて行った。ぽつんと取り残された俺はしばらく思考停止に陥っていた。
「何を話してたの? 」
「…………」
「何か言ってよ」
彼女が不安そうに尋ねてくる。
一方的に出ろと言われたが、どういう意味なのか。
なぜ、俺達に……
最初は困惑してその場を動けなかったが――
「めぐちゃん、よしここを出ようか」
「ええ」
途中で悩むことはこれっぽちもないことに気づいた。
ここを脱出する事ができるんだ。
「よし、この石段上がっていくぞ」
善は急げだ。