さわり
「ガーガーガーガー」
「うんうん」
スマイルスマイル。
「ガーガーガーガガー」
「なるほど」
俺達はあの奇怪な山の上でもてなしを受けていた。
周りを取り巻くのは半烏半人の皆様方だ。
雛壇に座る俺達の差し向かいには、数匹の仲間の群れに挟まれて、一際図体のでかい烏人間が鎮座しておられる。烏の癖に顎らしき部分の毛が白く変色している。
「恵君、あのでっぷりとした長老然とした彼にこれをお注ぎしたまえ」
視線も交えて彼女に対象を教えて、足元の細いフラスコのような陶器を渡した。
「はいーどうぞ」
彼女が酌を進めると、長老は黒々とした羽が生える右手で後頭部を摩り、
「ガーガーガー」
前に迫り出した嘴を開いて何かを述べた。
「ありがとうだって」
「ふふふ」
もう一度言うが相手の言葉は分からない。
だが、彼は恵ちゃんに御酌してもらって喜んでいるのは間違いない。
人間みたいに表情豊かに微笑んで、背中の大きな羽をバタバタ動かしてるのだから。
「ガーガーガー」
「はい、朝7時ごろ朝食ですね、分かりました」
「ガーガガーガー」
「グッナイツ! 」
バタン
焦げ茶色の木の扉が閉じられる。
「はーあ」
俺は後頭部を右手で摩りながら大きなため息を放つ。
「楽しかったですね」
「…………」
耳鳴りがき~んと頭の奥にまで鳴り響く。
呆然と扉の前でしばし立ち尽くしていた。
が、突然、夥しいまでの嫌悪のようなものが、寒気を伴って体中を駆け巡った。
御する事のできない感情が怒涛となって押し寄せ、
「めぐちゃあああん! 」
無意識のうちにハンモッグに腰掛ける彼女の両足に、猛然と頭から飛び掛かっていた。
「ちょ、ちょっとー」
「すげ~~~~怖かったよ! マジで泣きそうだったんだよ! 」
「な、なんですか!? 」
彼女はその勢いに気圧されながらも、俺の頭を両手で押さえ込んでいる。
それを意に介さず、カッターシャツの袖を捲って右腕を露にし、彼女に見せ付けた。
「ほらみて、この鳥肌! もう怖くってこんなになってるよ、ほらほらほら~! 」
「あ、ほんとだ……」
尚も半狂乱の状態で、無意識のうちに彼女の両足を抱き竦めていた。
その膝の間でいやいやをするように頭を左右に振る。
「ほんと、死ぬほど怖かったんやー! あんな化け物反則だー家に帰りてー! 」
震えが止まらない。
なんなんだ! あれはなんだったんだ!
あんなの存在するなんて卑怯だ!
「よしよし、落ち着いたかな? 」
「うん」
「もう泣かないでね、いい年こいてるんだから、そして、離れてください」
「あ、すまん」
しばらくして、激しいショック状態から解き放たれて、俺は我に返った。
「――――俺、何か恥ずかしい事口走ってなかった? 」
半狂乱の時の記憶があまりない。
だが、かなりみっともない事を言っていた気がする。
正気が戻って、決まり悪く俯いていると、
「いつもと変わりませんでしたよ」
恵ちゃんは天使のような微笑みでさらっと言った。
思わず鼻の奥にツーンとくる痛みがこみ上げる。
「2時間か……」
「何がですか? 」
「歓待を受けてから、俺が正気に戻るまでかけた時間だよ」
俺は物事の節目節目で時間を確かめる癖が身についている。
外回りの営業をしていると、自然とこうなっていくのだ。
「こんな時まで、時間気にしてどうするんですか? 」
俺に哀れむような目を彼女は向けてくる。
「ふ、これが日本の企業戦士さ」
「奴隷の間違いじゃ……」
「言うな」
そんなとりとめのない会話を続けているうちに、いつしか夜は更けていく。
「じゃあ、明日はこの山の探検だ」
「はー、逃げ出さなくていいんですか? あんなに怖がってる烏人間達がここにはたくさんいるのに」
「どうやって逃げるんだ? ここまで彼等の足に捕まって運んでもらったんだし」
「じゃあ、何もなければ普通に下ろしてくれますね」
「たぶんな」
今日彼等と接した限りでは俺達を歓迎してくれているのは確かだ。
烏人間の風貌に対する生理的嫌悪さえ抑えていれば何ら問題はない――はずだ。
慣れていこう。
郷に入れば郷に従えの精神だ。