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もそり。


 荒野を渡ってくる風は思ったより冷たく、スーツの合わせ目のボタンを閉めないとくしゃみが出そうだ。彼女も白いカーディガンを胸に引き寄せて、体を縮めて歩いていた。

「困ったなぁ」

「どうしたんですか? 」

 俺は腕時計を眺めながら、焦りを覚えていた。

 あのクラゲの地を出たのが、確か3時頃だった。

 そして、今みると6時近い。

 まるまる三時間歩き続けたことになる。

「ここに至るまで何かあったかい? 」

「いえ、土の地面と、枯れた低木くらいしか見てませんね」

 そうなんだ、ここには何もないんだ。

 本当に、何も……

 俺はふらっと頭に眩暈を覚えて額に右手の平を押し付けた。

 どうしよう。

 今夜の宿はどこで過ごそう。

 いや――そもそも、幽霊に宿など必要なのかは疑問だが。

 とにかく、なんだか寒いし、辺りも薄暗くなってきている。

 

 本来幽霊なら、寒さも暗さも平気のはずだ。

 むしろ、闇が深まる刻限こそが、本領発揮の時間帯だろうし。

 だが、俺達は幽霊の癖に足もあるし、寒さを感じる感覚器官もあるようだ。

 歩き詰めで足は痛いし、体に充満する疲労感もやけにリアルだ。


 つまり、もしかすると……俺達は。

 

 彼女は消えゆく夕日の光を真っ向から受けて立ち尽くしていた。

 濃紫色をした不吉な太陽に何か感じるものがあるのか、身じろぎ一つせず眺めている。

「めぐちゃん! 」

「はい? 」

 だが、感傷タイムはこれまでだ。

 過酷な現実を乗り越えなければならない。

「よく聞いてくれ」

「はい」

「今気づいたんだけどさ、俺達生きてるみたいなんだ」

 非常に馬鹿ばかしく聞こえると思うが真実だから仕方がない。

「そうなんですか? 」

「うん、俺はそう断定した」

「そうすると……」

「もう日が暮れる。やがて夜がやってくる、ここはどこだか分からないが、旅したかぎりじゃ普通じゃない。日本でこのような光景はありえない、いえば、外国かもしれないし、どこぞの異空間かもしれない」

 そして俺達は幽霊ではなく、血の通った生身の人間だ。

 幽霊であるなら、この世界がどこであろうと、死ぬ事はないが……

「世界には日が暮れれば、夜には気温が極端に下がる地域がいくつもある」

 彼女は俺の回りくどい説明を必死に理解しようと黙ったまま聞いてくれている。たぶん。

「だから、どこか風だけでも凌げる場所を探さないと、日が暮れる前に探さないとまずいんだ」


 

 暗くなってから駆けずり回って幸運にも岩場らしき場所を見つける事ができた。しかも、都合よく岩窟のような窪んだ空間がぽっかりと空いている。奇跡としかいいようがない。

「良かったなぁ、ここなら今日一晩くらいは過ごせるかもしれない、気温の低下も思ったほど激しくないようだし」

「そうですね……ハァハァ」

 めぐちゃんは走り回った後で、苦しそうに喘いでいた。

 そのうちくず折れるように、岩窟の地面にお尻をペタンと落として横座りになる。

 息を切らしながらも、俺に何か言いたげな視線を飛ばしてくる。

「どうした? 」

「あ、う、あの、ハァハァ、佐竹さん……」

 まだ呼吸が苦しそうだが、多少は治まってきたらしく訥々と言葉を紡ぎ始める。

「さ、佐竹さん、まるで……この場所を、し、しっているみたいに」

「ん? 」

 彼女は最後にしわぶき一つ漏らすと、一際大きな濁声で、

「走ってびましたよね! 」

「え、そう見えた? 」

「はい、少なくとも、私にはそう見えましった」

 大分落ち着いてきたようで、彼女の発言も滑らかになってきていた。

 それにしても、可笑しなこというな。

 俺がこんな場所知っているわけが……


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