だらだら。
「さぁ、これからどうしようか? 」
俺は蒼穹を振り仰ぐように大きな伸びをした。
「あれなんだったんですかね」
「何だろうな、異星人のトイレだったりして? 」
言われて後ろを振り返ると、白いドーム上の不思議な物体が視界に入る。
さっきまで彼女と一緒に一時を過ごした物体。
「それは……」
物体としか言えないのはそれが何か分からないからだ。
建物のようであり、地にのたうつクラゲのようにも見える。
正体は不明だが、唯一つ言えることは、さっきまであの中に俺達はいたのだ。
「それはないと思います」
「冗談だよ」
そこは真顔でなく、笑ってほしかった。
微妙に噛み合わない俺達。
世代の違いというやつか。
俺が今年24歳を迎えた勤め人で、彼女はまだ16の高校生。
この年齢と立場の相違は、微妙に噛み合うには無理が生じるものなのかも。
俺達は取り合えず、辺りを散策することにした。
クラゲのなかから見たときは、景色が白濁して見えて判別できなかったが、
こうして散策してみると、今いる場所は比較的ノーマルな風景だ。
赤い金属のタイルが敷き詰められた地面は、一片約20メートルくらいの正方形の形をしている。
その真ん中付近に、クラゲが鎮座している図だ。
「周りなんにもないですね」
それ以外には特に何も見あたらなかった。
360度くるりと遠望してみても、遠くの方に木々がまばらにあるくらいで、
それ以外は寂寥感たっぷりの荒野とその上に広がるぬけるような青空が広がってるのみだ。
「ここは天国か地獄か、また別の異空間かもしれないけど、取り合えず、俺達二人しか周りにはいない」
「ですねー」
「つまり、俺としては猛烈に心細いわけで……」
「そうですか? 」
屈託のない表情で恵ちゃんは呟き、流れをそれとなく寸断される。
俺は言葉に詰まってしまう。
そんな俺を彼女は穴が開くほど無表情に見つめていた。
胸の奥まで見通すかのような混じりけのない黒い瞳。
「ここ知らない土地だしね」
「ですねー」
「土地勘のない場所に俺と君以外は誰もいなくて、そんな場所に二人きりだとやっぱりほらさ、一人よりは二人で……」
旅した方がいいよな、と自然な流れに持っていこうとしてるのに、
「一人旅嫌いじゃないです」
初めてみせる無垢な彼女の微笑み。
その微笑の前で思わず手を翳してしまった。
美人だけどどことなく、不思議少女の匂いをかもす彼女は今、神々しいまでの輝きを放っていた。
「広いなぁ、なんも見えないな」
「いい天気ですね」
結局、俺はプライドをかなぐり捨てて彼女に一緒に来てくれと頼み込むしかなかった。
こんな寂しい土地で一人歩く孤独に耐えられそうになかったからだ。
彼女は快諾する前に、一つ確認を入れてきた。
――下心ないですよね?
当然の質問だと思ったが、彼女の身持ちの固さを窺える一面でもあった。
「君は良い娘だな」
「そうでもないですよ」
気恥ずかしそうに、形のいい鼻梁を指先で摘む彼女。
素直ないい娘は本心から出た言葉だ。
荒野で二人でとりとめのない会話を交わしていてそう感じていた。
それだけに――気になる事があった。
「ところで……恵ちゃんは、何でホームであの時自殺を? 」
俺は一段声を低くして彼女にあの時の事を単刀直入に切り出した。
「自殺? 」
「線路に落ちたよね」
俺は彼女の顔の微妙な動きを漏らすまいと観察していた。
すると――
「あぁ、自殺じゃありませんよ、あれ」
「え? 」
彼女はあっけらかんと自殺を否定した。
自殺じゃないのか? あれは、どうみても――
俺は戸惑いを隠せないが、すぐに動揺を押し包み冷静さを取り戻す。
「脳貧血とかで、ふらっと落ちたんだ? 」
違うのは分かっている。だが、彼女に敢て逃げ道を作ってやる。
今はそっとしておいてやろう。
「いえ、それがですねー、どうも他殺っぽいんですよ」
「え……」
俺は意外な返答に言葉を失った。
「線路に引きずりこまれたんです」