悪魔。
「私はザラと言います」
「…………」
俺は言葉を喉から押し出す事がまだできない。
生え際を直角に切りそろえた伊勢えびみたいな髭が印象的な紳士然としたザラ。
彼が俺を助けてくれなかったら今頃俺は……
本当怖かった。
今思い出しても寒気が体中を駆け巡る。
「ジャミルをずっと張ってたんだよ」
あのお爺さんはジャミルという名らしい。
ジャミルはあの小屋でずっと誰かが尋ねてくるのを舌なめずりして待っていたらしい。
やってきた人間を丸め込んで、ルシフという邪悪な存在に変えるために。
「しかし、君が出てくるとは嬉しい……いや、誤算だった」
「…………」
最初に俺が覚えた違和感は正しかった。
あのジャミル爺さんが使ったサーチストーンは確かに人間の存在を察知していた。
しかし、察知していたのはインビジブルで隠れていたザラだったのだ。
俺の変身能力は俺個人のものであって、この世界の魔法とは一線を画するもの。
サーチストーンだろうが、何だろうが俺の正体を見抜けるものなどこの世界には存在しない。
「もう少し早く助ければ良かったんだが、相手は一筋縄ではいかない、君には悪いと思ったが、奴が術を行使した際の無防備状態になるまで待たせてもらった」
ジャミルと握手をした時、俺の頭の中に何かが入り込んできた。
奴は陰惨で、凄絶な思念を滔滔と映像として送り、俺の頭を猛烈な勢いで攪拌した。入り込んできた湛えがたいイマージュと苦痛。頭の芯が猛烈に痛くなって、俺は正気が保てないほど錯乱状態にあった。焦点の合わない視界にジャミルの青白い顔が見えて、何かを唱えているらしかったが、俺は全く身じろぎ一つできないでいた。
「君の足元に魔方陣が現れた時、その時こそが奴が術に捉われ無防備になる瞬間だった。しかしタイミングをしくじれば、君は奴の僕ルシフに代わってしまっていた。すまない、危ない目にあわせて本当、申し訳ないと思っている」
シルクハットの帽子を脱いで、右手に持ち頭を下げて詫びを入れるザラ。
頭の頂は少し髪が薄い。紫色の金の刺繍のある上着に、黒く長い革靴、鮮やかな赤い宝石がしなやかな指を上品に飾り立てている。
「き、気にし……ないで」
やっとの事で俺は言葉を口にした。
ようやく、ショック状態から開放され、舌が本来の動きを思い出しつつあった。
「名前聞いていいかな……? 」
俺の呂律が回らない事を察して躊躇い気味にザラは言った。
「た、拓です」
名乗ると、くしゃっと相好を崩して白い歯を口元に覗かせた。




