遭遇。
この森の深さは想像を絶していた。
行けども行けども、濃緑の茂みや倒木、大岩や太い幹が行方を遮るように居並ぶばかりだ。
そして、森の中は総じて視界が悪く暗い。
「化け物いないやん」
「いない方がいいのでは」
僕はもちろん化け物なんかと遭遇したくない。
こんな方向も定まらず、足元がぬかるむ陰気な場所で、魔物とか言われる得体のしれない生物と出会うなんて、それこそ、熊と出くわしたとかの騒ぎではなくなる。
ただでさえ、僕は陰鬱な空気に胸が塞ぎそうな心地で歩いているんだ。
「魔女でもいそう……」
理子さんは消え入るような声で囁いた。
「魔女ならいるやん」
振り向かずそれに素っ気無く答える雄介君。
「どこどこ」
わざとらしく目を丸くして首を振る理子さん。
「ははは……」
そのやり取りに苦笑を浮かべるしかない僕。
服屋で買ったあの漆黒のローブに、環状の広い鍔の真ん中に円錐がのっかる帽子。
そんな容姿の理子さんを目にしては笑うしかなかい。
前を歩く雄介君の横顔が目に入る。
不満とも憤りともとれる色を顔に滲ませている。
雄介君は理子さんのあの告白以来、少々機嫌が悪そうだ。
『自殺するような奴はさいてーや』
あの告白の後、雄介君はあらぬ方向を見てこうはき捨てた。
僕は慌てたが、二人の重い沈黙の直中で身動きが取れず、理子さんの顔をじっと見つめるほかできなかった。泣きじゃくって雄介君に罵倒を浴びせるのだろうか、暗い顔で俯いて、永久凍土のように未来永劫口を閉ざしてしまうのかと心配が先走った。
が、彼女は端正な白い顔立ちをぴくりとも動かすことなく、本当最低、と呟いただけだった。
その矛先が雄介君に向けられたのだと最初は思ったが、私は、と言下に添えたので、自身を咎める言葉なのだとすぐに分かった。
それ以来、黙々と暗い森の中、不機嫌そうに肩をいからせ雄介君は道なき道を歩いている。
告白の後、僕は間に入って二人を宥めに入るべきだった。
しかし、はなっからそんな成熟した大人の真似など、経験不足な僕には到底成しえないと考え尻込みしていた。
本当なら自殺に至った理由を、それとなく聞いて、理子さんを慰めるなどしたり、暴慢にさえ聞こえる雄介君の発言を諌めるような言葉を挟んで、両者の雰囲気を和らげる事をすべきなのに……
トライアングルの一点を担う僕は、ひたすら無力で無能で空気だった。
「わ、なんだこいつは!? 」
運がいいのか悪いのかは今となっては分からない。
しかし、当等、僕たちは魔物と出くわしてしまった。
「わわ」
僕はその異形を見るなり、思わず二歩三歩と後退る。
そして、理子さんの気配を真後ろに感じて、そのまま理子さんごと背後の木にまで避難した。
前方で一人、勇ましく大剣を構える雄介君。
本当なら彼の横に並んで、矢をつがえて矢尻の照準を化け物に合わすのが僕の使命だ。
なのに、本能が完全に立ち向かう事を捨ててしまっていた。
透き通るような体とは、この化け物達に相応しい表現だと思う。
昔、プレデターって映画あったけど、あれに出てくるエイリアンに似ているかもしれない。
形状は各々違っているが、透明の体躯の向こうにある濃緑の木々が透けて滲んで見える。
理子さんを背後に隠して、安全圏と思える場所から僕は怯えながらも彼等から目を離せない。
「気色悪いぃぃぃ、こっちくんな! 」
程なく、剣を胸元で振り立てながら、雄介君も僕たちがいる場所まで気圧され辿りつく。
化け物いや、魔物たちはゆっくりとした動きで、森の木々の間を縫って移動していた。
時々、透明の体が青や赤、紫と薄い光を放っている。
「こいつら、襲ってこないな」
「うん、まるで僕たちに気づいていないような、気にもとめてないような」
彼等は既に僕たちの周りにうじゃうじゃひしめきあっていた。
しかし、不思議なことに、彼等が僕たちに危害を加えるような気配は窺えなかった。
「うわ、足が! 」
「踏み潰される」
宙を弧を描いて、大きな細長い足が僕たちに迫ってくる。
木の幹に背中を押し付けるようにして僕は避けようとした。
「あれ? 」
しかし、間近まで迫った薄っすら輪郭が白く光る大きな足は、頭上で向きを変える。
まるで僕たちを避けるように一拍間を開けて、違う場所を踏みしめていった。
「綺麗……」
闇に浮かぶ彼等の体に明滅する光は、神秘的でさえあり僕たちはすっかり恍惚と目を奪われてしまっていた。