猛襲! 殺人ロボット!
安穏とした生活はこれまでだ。
そろそろ何か変わったことがしたい。
しかし、あんまりややこしい事態になるのも避けたい。
前編のような話に巻き込まれるのはご免だ。
もっと段階を踏んで……
「う、ううん、朝か……」
寝ながら考え事してたのか……
起きてたのか、判然としないな。
大あくびをして伸びをする。
そして、宙に視線を置いたまま、ぼんやりした頭でさっきの余韻にまた浸る。
とにかく……俺は決してこの世界に、ぼけーっと過ごすために来た訳じゃないんだ。
もう一度、欠伸をしながら体を捩る。
逸れた視線の先に携帯があった。
俺はおもむろに携帯を右手で掴むと、もう一度掛け布団に包まった。
どうしようか……布団の中の薄闇で携帯を開いたまま、何を打とうか考えていた。
こんな体たらくな毎日送ってちゃ、俺の不感症は治らないんだ。
刺激が欲しい。
何か良い案がないか思索に耽る。
そんな時ふと、ある疑問が舞い込んできた。
そう言えば……テリーって強いのかな?
確か陰陽師とかも彼の作成条件に含んだはずだ。
朧だが、柔道3段とか、空手3段てのも加えたはず。
俺はふと軽い気持ちで携帯に文字を打ち始めていた。
書いている内容はとても恐ろしいものであったが、起きぬけの俺はいつにもまして軽薄だった。
「バットを持った人間型ロボットで、熊のように大きく、素早く、テリーを撲殺するためのロボット、俺の命令には忠実。こんなロボットおくれ! 」
と、打って、決定を押していた。
ベッドから跳ね起きると、煙が立ち込める部屋の一角を凝視していた。
出てきたのは……禿頭の上半身裸に黒いパンツを履いた目つきの怪しい男だった。
窪んだ眼窩に埋まる奥まった瞳は黒目がちで、何かホラーを思わせる不気味なオーラを発している。
なんていうのか、人間じゃない……無機質な瞳だ。殺人機械人形の目だ。
確かに熊のようにでかいし、腕は太い、肩幅も広い。バットも持っている。
「よし、お座り! 」
ロボは俺の命令一下、巨体を落とし胡坐をかいて床に座り込んだ。
目が怖い。ぐりぐり動いてる。
この怪物を目の前にして、俺の頭の芯が冴え冴えとしてくる。
何でこんな化け物出したのか考え、後悔の念が漂い始めたところで頭を振ってそれを払う。
違う! これは必要不可欠な試練だ!
済まない、テリー!
どうも昨日からの君の様子を見ていると、
君が頼りなく見えて仕方がないんだ。
俺は僕には従順さも求めるが、いざという時の強さも持っていて欲しいんだ。
だから――こいつで。
「お前の名前は……」
そういや決めていなかった。
なんにしよ。
ロボットの前で腕組みをしてしばし考える。
時々片目を開いて、一応警戒は崩さない。
不気味な奴だからね。
昔こんな格好で強い奴いたよな。何の漫画だったかな。
そうだ、
「お前の名前はナッパだ! 」
「御意、マスター」
ナッパは電子的な声を発した。
しばらく俺は目を閉じて黙っていた。
これから酷薄とも言える命令をナッパに与えることに、躊躇していたからだ。
だが、決心した。
「ナッパよ! 下に眠るテリーを襲って来い! 」
言った瞬間、すくっと立ち上がるナッパ。
悠然と大股で床を歩き、扉を開けて廊下に出た後、静かに扉を閉めた。
見かけに寄らず、行動には慎重さが見れる。開け閉めも丁寧で無音に近い。
この宿の部屋の壁も同じように防音材が使われている。
それは一度、寝る間際にテリーの大声を出させて確かめている。
全く彼の声はこの部屋にいる俺には届かなかった。
今、下でナッパが大暴れしていても、何も聞こえない。
3分ほどして、俺は恐る恐る部屋の扉そーっと開けて隙間から外の廊下を見た。
何もいない事を確認すると、青いガウンの胸の辺りの裾を内へ絞るように両手で掴んで
青いスリッパを脱ぎ捨て、裸足のまま忍び足で階段を降りていった。
一階の部屋は二階と違って、扉や壁で仕切られていないためすぐに部屋全体を見渡す事が出来る。
しかし、二人の姿はなかった。だが、部屋の様子は惨憺たるものだった。
床のタイルが、あちこちでひび割れ窪んでいるのが分かる。
白い扉は破壊されていて、中のユニットバスが丸見えだ。
ベッドが真っ二つに折れて、Vの字型になっている。
足元を見ると、ガラスの破片が光っていて危なく踏みそうになった。
この惨状を見ているうちに、俺は酷い罪悪感に苛まれた。
ほんの軽い気持ちでやったんだけど、えらいことしてしまったんじゃ……
そんな時――外界を隔てるこの宿唯一の扉が無造作に開けられた。
「シッツ! この糞ロボが! なめんじゃねぇよ! 」
げげ、テリーがなんか鬼のような形相で部屋に入ってきたかと思うと、
扉に右手をかけて外に向かって罵倒する言葉を吐き捨てている。
相手はたぶん、ナッパだろうとは思うが……
テリー、すっげぇキレテル!
怖いよ~……
「あ、拓様! おはようございます! 」
だが、すぐにテリーは俺の気配を察したのか、
瞬時に笑顔を作って俺に朝の挨拶をした。
「お、おはよう……」
冷たい悪寒が背中を這い回る。
「賊を始末しておきました、確認お願いします」
俺は言われるがまま、扉の前まで歩く。
ふわふわとした足取り。地に足がついていない感覚。
扉の外を眺める。
朝日が眩しい。今日は良い天気だ。
いや、そんな事言ってる場合じゃ……
手を翳してナッパの姿を探した。
見つけるのに大して時間は掛からなかった。
「あ、あれ、お前がやったの……? 」
「はい、少々手こずりましたが」
あっけらかんとそう報告するテリーの顔にはいくつも青い痣や、生々しい擦り傷が出来ていた。
「どうやって入って来たんでしょうね」
「さ、さぁな」
「ちょっと、シャワー浴びてきます」
と言って、テリーは壊れた扉を払いのけてユニットバスの中へ入っていった。
「ナッパ……」
あの強そうなナッパが……
ナッパは右手がなく、仰向けに倒れていた。
体から白い煙がしゅうと幾筋も立ち昇っていた。
手の切断部分に見える金属片が朝日を浴びて白く煌いている。