表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/197

深淵。

「任せとけよ理子! お前には指一本ふれさせねぇからよ!」

「僕だって頑張るよ! 」

 雄介君と二人で理子さんを威勢のいい言葉で元気付ける。

 見上げる理子さんは弱弱しく右手を地面について半身を起こした。

 表情に動きはないが、黙ったまますっと立ち上がり、僕たちを見て微笑む。

「私お荷物だけど、街で包帯とか買っておいたから、怪我したら治療はできます。これでも看護婦目指してて、そういうの得意なんです、だから、あの、私」

 理子さんは語尾の声色を下げて口ごもった。

 ぐっと唇を噛んで、顔を伏せて、黒いローブの膝付近に震える握りこぶしを並べている。

「OK! それで十分や! 俺達のしんがりに控えててくれたらええ」

「うん、理子さん任せて」

「分かった」

 ほっとしたように、緊張した顔を弛緩させる理子さん。

 彼女は彼女なりに、集団のなかで何が自分にできるか真剣に考えていたんだろう。

 理子さんが僕たちに混じって化け物と戦うのは難しいだろう。

 武器だって持っていないし、女の子だし無理はさせたくない。

 僕たちは彼女のナイトとして、彼女は僕たちの看護婦として、役割を分担するのはいい考えだと思う。

 

 鬱蒼と茂る木々をかきわけ、人為的に草を分けた痕をなぞって歩を進める。

 雄介君は先頭を歩いて、剣で邪魔な障害物を時々切り落としていた。

「何も出てこないね」

「そうだなーこれじゃただの森の探索だよな」

「魔物ってどんな奴なんだろうね」

 首を傾げて雄介君はさぁなっと一言呟く。

 生むが易しと言うが、思ってたほど危険がないので、僕たちは退屈していた。

 そんな時、ずっと黙っていた理子さんが口を開いた。

「みんな、ここへどんな風にやってきたの? 」

 言われて、召還された時の事が頭をよぎる。

「俺はなーはずかしーんやけど、トイレで大したあと、拭いてたんや、そしたら」

「いい……次」

 理子さんがあっさり雄介君の話を遮って、白い顔を僕に向けた。

「僕はね~……」

 僕は……確か、母親と喧嘩してる最中だった気がする。

「母さんと話してたよ」

「どんな話? 」

 理子さんは口元だけ綻ばせて尋ねてくる。

 困ったなぁ……あまりに家庭の事情だし。

「今日の晩御飯はとか、そんな話だよ」

 父さんの浮気が発覚して、ピリピリした母の相手をしてたら、

 諍いになっただなんて言えやしない。

「いいな~」

 朗々とした良く通る声が、静謐を湛える森の中に響く。

「何が? 」

「ううん、ただ、お母さんがいるって羨ましいと思って」

 胸に鈍い痛みが走る。

 そうか、理子さんには母親が。

 僕はこういう流れに慣れていない。

 繊細な話だけにどう切り出そうか、しばらく迷っていた。

「ぼ、僕」

「私ね、校舎の上から飛び降りたんだ。そしたら、地上にたどり着く前に……」

 沈黙に耐えかねて話そうとした矢先、それを圧殺するような強烈な彼女の告白。

 激白と言っても良い。

 それは……あまりに重々しい内容だった。

 一瞬目の前が暗転して世界が変質したような感覚を覚えたほどだ。

 激しい衝撃は僕を貫いて、前を歩く雄介君の足も止めてしまった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ