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深夜の凶行。

 ジンクスの話を聞き終える頃には日が暮れてしまったので、宿屋に僕たちはとりあえず帰ることにした。煉瓦造りの宿は2階建てで部屋数は7,8だろうか。ここの料金は一人金貨3枚。高いのか安いのかは分からない。しかし、昼間武器防具代で10枚は消費してる。これから何があるかわからない状況での浪費は極力避けようっていうのが僕たちの一致した意見だった。よって、部屋を分かつことはできない。

「いいんだよ、俺は、どこでも寝れるからよ」

「あ、有難う。見かけ……」

 ベッドはこの部屋に二つしかない。雄介君は床に寝るといって僕にベッドを譲ってくれた。

「見かけもいい奴だろ? ハハ」

 僕は苦笑しながらも、雄介君の中に大きな人間性を見て胸が熱くなっていた、


 夕食は胡桃パンを食料品店で2つ購入して室内で食べた。

 食べ物も出来るだけ質素なものにして節約。だけど、その反動が夜中に僕を襲う。

「う~ん……」

 全ての人間が寝静まったような静かな夜。僕のお腹は奇怪な音を一定のリズムで奏でる。

 やはり、育ち盛りの男子にパン二つでは長い夜はもたなかった。

 床をちらりと見ると、雄介君の口元は涎が垂れているのか月の光を浴びて白く光っていた。

 

 

 煩悶としながらも、僕はいつしか浅い眠りについていた。

 もそり。

 だけど、何かの気配を感じて、ふと目が覚める。

 すぐ傍の窓を見ると、青黒い空の中天にかかる満月が僕を見下ろしていた。

 部屋をそろりと見回す。雄介君は口を開けて寝ている。

 対角線上にある理子さんのベッドを見る。

 理子さんの姿がない。

 それに気づいた数瞬後、視界の端に白い影が見えたきがした。

 さっと振り返ると、まさに外の廊下を隔てる扉が閉じたところだった。

 

 女の子の後を深夜おそくつけるのは本意ではない。

 しかし、彼女の用事はたぶん、トイレに違いない。

 僕は宿のトイレの位置を把握していなかった。

 ちょうど小便をしたかったし、僕は渡りに船とばかりに、理子さんの白い影の後をつけることにした。

 

 理子さんはは白い寝着の裾を宙に舞わせて、暗い廊下の闇に分け入っていく。

 音もなく闇に漂う仄白い影。

 その姿はどこか儚げで、この宿を夜な夜な徘徊する亡霊のようにも映る。

 階段を下りていく。僕は気づかれないように一定の距離を保って後をつける。

 まさに僕はストーカーだった……

 だけど、深夜後ろから声を掛けるのも気が引ける。

 それに他の宿泊客にも迷惑……などと自分に言い訳していると、理子さんは扉を開けた。

 青白い光が一瞬闇を照らしたかと思うと、理子さんは忽然と姿を消した。

 

 こんな夜遅くに、外に何の用事が。

 しかも薄い寝着のままで。

 僕は訝しげに思いつつ、再び尾行開始。

 ここからは使命感のようなものが僕を突き動かしていた。

 未知の世界で深夜遅く、女の子に一人外を歩かせるわけにはいかない。

 僕は宿の外に落ちていた金属性の棒を手に握った。

 変な輩が理子さんをって時には、この僕が。

 

 どこまで行くんだろう。

 理子さんはひたすら歩く。

 軒を連ねる民家を足早に過ぎていく。

 そのうち、周りに建物の影さえまばらになり場末感さえ漂い始める。

 こんな人気のないところへ何の用事が。

 

 背の高い木々が密集する森。

 月の光がまばらに森の中に落ちてきていた。

 こんなところでトイレ? などと考えていると、

 不意に彼女が足を止めた。

 僕ははっとして、近くの木陰に身を隠す。

 

 僕は木陰から少しだけ顔を出して彼女の不審な行動を観察していた。

 薄っすら闇に浮かぶ彼女は、太い木の幹の前できょろきょろしている。

 しばらくして、周りに人気がないことを悟ったのか、彼女は立ち上がった。

 あ、あれは。

 彼女の右手が一瞬鈍い光を放った。

 次の瞬間――

 

 ガキン!

 

 森の静寂に甲高い音が響き渡った。

 

 ガキン! ガキン! ガキン!


 彼女はしきりに手に持ったハンマーらしきもので何かを……


「おおお、ちょっとまって、理子さん! 」

 嫌な予感が背筋を走り抜けた時には、大きな声をあげていた。

 驚いた彼女は振り返って動きを止めた。

「た、武君、なぜ? 」

「な、なぜじゃないよ、何してるの?」

「こ、この忌まわしいブレスレットを! 」

 

 ガキン! ガキン! ガキン!


「ま、待って! 」

 理子さんは俺の制止を振り切って、ブレスレットにハンマーを叩き込む。

 

 ガキン! ガキン! ガキン!


 止めないので仕方なく、彼女を背後から羽交い絞めにする。

「これを砕けば私は自由に~~! 」

「そんな事したら魔法が発動して黒こげになるよ!」

「いいのよ、どっちみち死ぬんだから!」

 修羅場だった。

 彼女は正気を失っていた。

 僕はなんとか、彼女からハンマーを取り上げ、地面に投げ捨てる。

「何するのよ! 」

 乾いた音と同時に小さな手が僕の頬を打つ。

「理子さん落ち着いて! 」

「ほっといて!」

 と言って、土の地面にあるハンマーを手にするので、それを遠くに蹴り上げる。

「大丈夫だから! 僕たちが何とかしてみせる! 」

「あーあー聞こえない聞こえない! 」

 力む彼女の両手首を掴んで動きを封じ、言い聞かせる。

「よく聞いて! 今君が死んでも、太陽は普通に明日も東から昇る! だから、君の死は宇宙的に見ればほんの些細なことだ。だけど、君を知っている人達には君の死の比重は大きすぎる、考えてみて、君のお母さんは帰りを待っているはずだよ? 君を待つ恋人は? 」

 僕はそれでも怯まず彼女に言葉を連ねる。焦っていたので自分が何を口走っているのか自分でも分からない。それでも、僕は根気よく、その凶行の無意味さと、これからの明るい展望について、あらゆる例や可能性を織り交ぜて彼女にはなして聞かせた。


 一時間くらい喉が枯れるまで説得していた気がする。

「そうよね……一人じゃないもんね」

「うん、雄介君は強そうだし、多少頼りないけど、僕だって頑張るしさ」

 僕は宥めすかすのにかなりのスタミナを消費していた。

 理子さんもさすがに疲れたのと眠気もあって、テンションは落ちてきていた。

「さぁ、帰ろう」

「うん……」

 何とか理子さんも分かってくれたようだ。

 先行きはこの森の闇のように暗いかもしれない。

 だけど、僕たちは一人じゃないんだ。

 

 



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