物足りない。
「少しいったところに沼がありまして、そこで蛙捕まえてきましたよ」
「お爺さん、年甲斐もなく沼地入って網で頑張ってたんですよ」
「はぁ……そう」
グロテスクな緑に黒の斑点がある大きな蛙を一匹顔に突き出してくる。
俺は後退りして、顔を引きつらせていた。
「じゃあ、さっそく、食事の準備してくるんで」
夫婦は丁寧なお辞儀をして、車の中へ入っていく。
あの蛙が今晩の食事らしい。
「テリー……逃げるか」
「は、はい? 」
「他へいこう、夫婦置き去りにしてどっかへ行こう」
「え? 」
夕暮れを背に受けたテリーの表情は見えづらかった。
それでも、かなり動揺しているようだ。
「何故ですか? 」
岩に座る俺の正面にやってきて、夕日の眩しさに目を細めながら尋ねる。
「男はいつまでも微温湯に使っていてはいけない! 分かるな……」
「はぁ……」
俺は蛙を食べたくないとは言えず、態の良い言葉で繕う。
テリーは最初は瞬きを繰り返して思案げに黙っていたが、
すぐに顔を上げて、
「移動しますか! 」
「うむ……」
俺は携帯を握ると、
『ママチャリ二台くれ』
と打ち決定を押した。
青いママチャリが二台目の前に現れる。
「お前乗れるか? 」
「はい、自転車は得意です」
どこかで乗ったことがあるらしい。
まぁ、俺の作った人間だから、俺のやれる事は彼も大抵できるんだろう。
深くは考えない。
土や砂利の地面はごつごつはしていたが、ぬかるんではいないのでママチャリでも何とか進めた。
出来るだけ平坦な道を択んで突き進む。
なぜか俺が先頭を走っていた。
「大丈夫か? 」
「は、はい」
テリーは普通に走れるようだが、こういう悪路を走る事には慣れていないようだ。
覚束ない様子でハンドルを左右に忙しく振りながら、何とかついてきていた。
辺りはすっかり日が落ちて、空は群青色の度合いが深まっていた。
西の空には僅かに残照が滲む程度だ。
どこかで狼の遠吠えが聞こえた気がした。
俺は自転車を止めて片足を地につける。
「おい、このへん狼出るのかよ? 」
「さぁ、でも遠吠え聞こえましたね」
やばいなぁ、狼にでも襲われたらどうしよう。
もう辺りも暗いし、今日はこの辺りで宿を設けた方が良さそうだな。
スタンドを立てて、俺は自転車を降りた。
携帯を取り出し、
『円柱形の頑丈な二階建ての宿泊施設おくれ』
と携帯に打った。
少しして、地鳴りがして足元が揺れる。
「な、なんだ」
俺は思わずしゃがんだ。
「あ、あれ! 」
テリーが指差す方に視線を走らせると、少し離れた場所に銀色の円柱形の塔が聳え立っていた。
金属製の四角い扉は簡単に開いた。
中にテリーと共に入る。
扉を閉めて鍵をかけた。
中は案外広く、装飾などないものの、一階にはベッドが一つ、窓が一つ、流し、コンロ、冷蔵庫、テーブル、スツールと生活に必要な物は全部揃っている。内に盛り上がった壁に扉があり、中はユニットバスになっていた。緩やかな階段を上った二階も同じような造りだ。
「な、生温い……」
「………… 」
テリーの蔑むような視線に、俺は忸怩たる思いに耳を赤くしていた。
分かってるさ……過保護な造りの宿だと言いたいんだろ……
その夜、夕食を適当に終えた後、テリーに一階を宛がった俺は階段を上って二階のベッドに大の字で横たわる。ふかふかの布団の上は気持ち良い。宿は空調が聞いていて心地よい風が循環していた。
至れり尽くせりの環境の中で、俺は何か物足りなさを感じていた。