お、俺。
「昨日は事務所にきてもらい、話まで聞いてくれて有難う」
「いや、そんな」
次の日、土曜の昼下がり、真琴は俺の家に訪ねてきた。
ブレザー姿の彼女は、幽体ではないので、正面玄関から一定の手続きを踏んで今、自室で話こんでいる。もちろん、今日は両親ともに家にいたので、真琴をみて二人は大層驚いた。
訪ねてきた理由が、俺と話すためだと真琴が打ち明けたので、俺の彼女説が密かに二人の間で囁かれ、妙な盛り上がりを見せたのもご愛嬌だ。
「それにしてもなんだな……ハハ」
俺は柄にもなく緊張していた。
昨日も言ったが、生身の女には免疫がないのだ。
横座りで座布団の上に腰を落とす真琴は、男の匂いが染み付いたこの部屋には妙に不釣合いだし、その輝くような若さを証明する溌剌した肌や妙齢の女性にしか生成できない柔らかい匂いはいささか刺激的だ。
「今日は輝君いないんですか……」
「あぁ、あいつは彼女いるからね、土曜日の昼下がりに家にやぼったくいるような俺とは違うのさ」
どこか自分を皮肉るような発言で、俺がフリーであることをそれとなく示唆する。
なぜそのような発言に至ったかは、俺自信にも皆目検討がつかない。
真琴は部屋の内部を見回した。
昼間の明るい部屋で見る俺の自室は彼女の目にどう映ったのだろうかなどと、虚ろな思考を蠢かしていると、突然、その色気がそろそろ芽吹こうとする黒い瞳が俺を真っ直ぐ捉えたのだ。
「前田所長の事悪く思わないでください」
「え? 」
「昨日の話の中で誤解したと思いますが、彼は金の亡者では決してないんです」
「はぁ」
生返事を返した後、俺は口をつぐんだ。
彼女は俺の視線を真っ向から受け止めて、更にこう続けた。
「私があなたと初めて会った時、あんな嘘をついたのには訳があります」
「嘘って君が殺されたって奴かな? 」
この話はもう気が済んでいたので蒸し返すつもりはなかったんだが、彼女から口火を切ったので、仕方なく、忘れかけていた事をアピールする意味で疑問形で漏らす。
「そうです、あれには昨日所長が話した仕事の内容を先に皆さんに体現してもらって、所長の考える仕事の難しさを知ってもらう意味もありました」
「え? 」
これまでと違い、ためらいがちに婉曲に話す彼女。
どことなくその面差しには苦渋のようなものが滲んで見えた。
膝の制服のスカートに乗せた両手の指を軽く内側にしまいこみ、窓に生気のない視線を移して話を続ける。
「あの時、みなさんが親身に私の死の事実を突き止めようとしましたよね」
「うん」
「その過程で何かやりにくさみたいなもの感じませんでしたか? 」
言われて、顎に手をやり虚空を見つめたまま、数日前に彼女の学校へ出向いた頃に思いを馳せる。
「――確かに、色々難しかったなぁ……なんていうか、俺は警察じゃないからさ……しかもあの学校の部外者、どうやって死因を探れば良いか本当悩んだね」
今思い出しても背中がむずがゆくなり、苛立たしさのようなものが蘇る。
あれほどやるせなく、無力感に苛まれたのは短い生涯においてそれほどなかったかもしれない。
「それなんですよ、所長のやろうとしている仕事はまさにそういう不便さが付き纏うものなんです」
「というと? 」
「うちの所長は探偵なんですが、実際の探偵というものはテレビやアニメと違って本当にたいしたなどできないです。それは牧野さんが言われたのと同じように……」
口ごもる彼女の言わんとすることが、脳裏に冴え冴えと浮かんでくる。
「分かったよ、言いたい事が。制限があるのは前田氏も同じで、彼が提案する仕事には無理があって、どうしても一般常識の枠を超えて、たまには犯罪めいたものにも手を染めないと解決できない。警察じゃないもんね、探偵ってやつは」
「そうです、しかも、これは遊びじゃなくって仕事なんです、生きていくために必要なお金を稼ぐ必要がどうしてもあるんです。だから、お金に執着しているのは事実なんですが……」
彼女の闇に消えた言葉を再現しようと、続きを俺の言葉で継いでやる。
「その仕事がどれだけ危険で、金ズルとされる霊達をいかに、利己的に利用しているかという観点を見失っているって言いたいんだね」
真琴は目を見開いて驚いたように俺を眺めた。
「あ、あの、こんな言い方失礼なんですが、良く分かってますよね」
「はは、だてに16年も生きていやしないさ」
成り行きで、還暦を迎えた老獪な初老の男のような発言を返した。
気恥ずかしさあって、ごまかすように頭をかきむしる。
おもむろに彼女に視線を戻したところで面食らった。
一瞬で体中の血液が沸騰したかのように、俺の脈は高らかな音を立てて熱い血を頭に送り込んでいく。
俺を見る彼女の頬は明らかに熱を帯び赤く火照って映り、見開かれた瞳には……
「ただいま~」
頭が真っ白になり機能を失った耳に、輝の声が微かに聞こえたきがした。