やり手。
「私死んでないから! 」
前田の隣に座る真琴が、さも当たり前のように言い切った。
取り澄ました顔で真っ直ぐ俺を見返してくる。
「いや、おかしいって、あんた、確かに幽霊やったやん! 」
取り乱した俺は言葉を御せずに、大阪芸人のような突っ込みを入れてしまう。
「うんうん」
弟も驚きのあまり、太い眉が可笑しな具合に歪んでいる。
「でも、今は幽霊じゃないでしょ、お茶をもってきたし」
と言って、立ち上がったかと思うと、テーブル越しに身を乗り出して、
「ほら、あなたの手もこうして握れる……」
テーブルに置いていた手をそっと真琴に握られる。
瞬間、俺は身を固くして肩を竦めた。
たぶん、耳と両頬も真っ赤だと思う。
「どう、温もり感じるでしょ? 」
何やら怪しい目つきで真琴は俺を見下ろしている。
迂闊だった……
俺は幽霊には毅然としていられるが、生身の女に対してまるで免疫というものがないのだ。
この辺は彼女いない暦=年齢=童貞の悲しい事実が露呈した形だ。
だが、このまま真琴の妖艶な煙に巻かれて、無口を押し通しては負けたも同然(何に?
それだけは嫌だ。俺はこの女に平伏すわけにはいかないんだ。
引かぬ! 媚びぬ! 顧みぬ! (昨日みた動画サイトのアニメのキャラの台詞)
自分を鼓舞してなんとか言葉を搾り出す。
「ひゃ、百歩譲ってあ、あんたが、生きているとしよう、しかし、俺と会った時は確かに魂の状態だった。これは陰陽師である俺が見分したんだから間違いない。どういうことか説明してもらおうか? 」
「うんうん」
「真琴、説明してあげなさい」
ずっと微笑を湛えたまま、黙って俺達の様子を眺めていた前田が真琴を見た。
「いいですよ」
輝は好奇心に目を輝かせ前かがみになって耳を澄ます。
「簡単よ、私はいつでも幽体離脱できる体質なの」
「ほほぉ、面妖な……」
俺は眉を潜めて呟いた。
特に驚くような内容ではなかった。
さもありなんと寧ろ、想定していた答えに冷静さを取り戻す。
真琴の色気に気圧されたが、今俺を取り巻く空気は安閑としたものだ。
「すごいねー、僕達にはそんなことはできないな、先天性のものなの? 」
輝は素直に関心を持ったようだ。
「いえ、交通事故で一度大きな怪我を背負って、死の淵を彷徨ってからこうなったみたい」
「そうなんだよ、まさしく怪我の功名だったな、あれは」
前田が軽薄に合いの手を挟むと、真琴が憤然と眦を吊り上げ、
「あれは労災ですよ! 仕事受けた現場に、話の分からない幽霊がいて、所長が~」
「あぁ、ごめんなさい、思い出した。ほんとあれはすまなかった。そういう意味で言ったわけじゃ」
「そもそも! ……」
眼前で広がりを見せる痴話げんかのような諍い。
話を聞いているだけで、ここの仕事の過酷さがありありと伝わってくる。
俺は薄ら寒い思いで、腕時計を眺めて、帰ろうかなぁなどと考え始めていた。
しかし――状況が一変した。
「楽しそうだなぁ、僕もここで働きたいなぁ」
輝が何を血迷ったか、目をらんらんと輝かせ言ったのだ。
「お、そうですかーーー! いやぁ嬉しいな! じゃ、じゃあ、これからの展望も含めてお話しましょうか! 」
「はい! お願いします! 」
輝の発言にわが意を得たりとばかりに、甲斐甲斐しく迫り弟の両手を握った前田。
糸のような目が大きく見開かれ、黒目がちの瞳が瑞々しく揺れていた。
「お兄さんも! 」
真琴は肩に手を回してきて、遠ざかっていた俺を引き寄せる。
こ、こいつ、本当、慣れてるな……押し際を心得ている……
仕事で身についた手際良さだろうか。
諦めて彼らの話を聞く他なかった。