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本題。

『所長連れてきました』

「おかえり、やぁ、良く来てくれたね」

「この間はどうも」

 何となく気恥ずかしさがあって、まともに顔を見れない。

 この間初対面にもかかわらず、「呪ってやるうう」などと吐き捨て帰ってしまった。

 その時の気まずさが未だ拭えず、罰が悪いので床に視線を落としていた。

 上目遣いで瞥見しながら、相手の顔色を窺おうと試みる。

 相変わらずの糸のような細い目にオールバックの長い黒髪。

 黒づくめのスーツも前と同じだ。

 微笑みを湛える細面の端正な顔立ちは一見優しそうに見える。

 

 部屋の内部は比較的ゆったりしている。

 エントランスの曇り硝子の扉を入ってすぐの場所に、応接セットが配置されていた。

 木製の丸テーブルを囲むように、黒の皮のソファーがしつらえてある。

 手で促され、前田仁の差し向かいのソファーに俺達は腰を下ろした。

「あ、あのー」

 俺は強張った顔で前田仁に話しかける。

「どうしました? 」

「この間は失礼しました。ちょっとなんていうか」

 俺が下を向いて、臍の当たりで手を組んでもじもじしていると、

「ああ、気にしないで、僕も悪かったんですよ、真琴に連れてきて欲しいと頼んだは良かったが、その手段を真琴にまかせたために……本当申し訳ない」

「いえいえ、こちらこそ」

 すかさず、前田仁は察してくれたらしく、差しさわりのない応対で俺に安堵を与えてくれた。


 俺は前田の柔らかく丁寧な物腰にいつになく口数が多くなっていた。

「霊が見えるって大変ですよね」

「確かにいい事ばかりじゃないかもね」

 俺が流暢に話す間、隣で輝は黙って俺と仁のやり取りを眺めている。

 真琴は気がつくといなくなっていた。

「仁~」

 和やかな雰囲気が包む室内に、奥にある扉が突然開け放たれ、若い女性が入ってくる。

 白いシャツの上に赤いキャミソールにサンダル。

 事務所で働いている人だろうか、それにしてはラフな格好だ。

 赤茶色の毛は肩まで流れている。

「あ、今お客さんきてるんだよ、明美ちゃん」

「え? あら」

 俺達を眺めて、明美は愛想笑いを浮かべて佇む。

「じゃあ、ちょっと外でかけてくるね」

「うん、気をつけてな」

 明美と呼ばれた女性は、どこか色気のある笑みを室内に振き、扉を開いて奥の部屋へ消えていった。閉じる寸前、一階に通じるであろう階が視界に入る。

「あちらは? 」

「あぁ、えっと、あれは、僕の彼女です」

「なるほど」

 苦笑いしながら、前田は照れ臭そうに言った。


 

「で、そろそろ本題に入ろうかと思うんですがよろしい? 」

「はい」

 俺が肯定すると、輝は黙って頷いた。

 話は特に埒外のものではなかった。

 前田仁は人探しや、浮気調査などをメインとする探偵事務所を開業している。

 一階は今は前田の居住空間(たぶん明美って人と同棲)であるが、そのうち心霊研究所の看板を立てるつもりではあるらしい。だが、まだその準備が整っていない。この事業を開くには人手が足りないし、まだ先行きにも不安があるので、検討中の域を脱し切れていないそうだ。


「一応、名刺まで作ったんだけど、金になるか分からなくってね」

 前田仁は最初よりは砕けた話し方に変わってきていた。

「でも、君たちがいれば、仕事は少しずつ出来ると思うんだ」

「はぁ……」

「どんな事をするつもりなんですか?」

 俺が生返事をしている間に、輝が話しに混ざってくる。

「話すと、少し長いんだけどね、今探偵の仕事があまり軌道に乗っていなくて困っていてね……」

 顔を両手で覆うと、青ざめた端正な顔に暗い陰影を刻んだ。

 俺は思わず、ぷっと噴出しそうになるを何とか飲み込む。

 何か妙に芝居がかっていて、演技過剰なところが真琴と重なって見えて一瞬笑いがこみ上げたのだ。

「僕は霊が見えることは話したと思うけど」

「ええ」

 輝は真剣に話に聞き入っている。

「これを何とか商売にできないかなってずっと考えていてね」

「はい」

「霊が見えるって事は色々可能性があると思うんだよ」

 話が佳境に入ってきて俺は息を呑んで耳を傾ける。

 前田は次に話す内容に重みがあることを示唆するかのように長い間を空ける。

 程なく立ち上がり窓に近づくと、ブラインドを一度手で撫でた後、硬い表情でこちらに向き直る。

 前田が重い口を開こうとしたその時、唐突に奥の扉からノック音が響いた。

「どうぞ」

「お茶いれてきました」

「悪いね」

 白いブラウスに黒いスカートの女性。

 すらっと長い白皙の足、締まった腰は理想的な曲線を描いていた。

 顔を拝見しようと見上げて俺は驚いた。

 そこに立っていた女性はあの真琴だった。

 

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