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空は青かった。

「今日さぁ、雪乃とデート行ってきたんだ」

「どこへ? 」

 のろけ話でも聞かされるのだろうか。

「水族館で魚見てきたよ」

「そうか、奇遇だな、俺も魚たんまりみてきたさ」

 俺は今日は隆と近所の海へ釣りをしに行ったのだ。

 野郎二人での釣りは、一見、地味ではあるが気楽なもんだ。

 ぬけるような青空の下、寡黙な隆と一緒に日がな一日、海の魚たちと竿を通して気まぐれな綱引きに興じていた。今日は比較的魚の活性が高いのか、しばしば竿は弓なりに曲がり、俺達に歓喜を引き起こした。釣り上げた銀色に煌く鯵や鰯は、水桶の中を鱗塗れにしながらも元気に泳いでいた。


 祭りのような騒ぎも、魚の回遊が遠のくにつれ、竿がピクリとも動かなくなり沈静化していく。だけど、それが俺達の心を昏くすることはない。魚を釣り上げる事だけがここでの過ごし方ではないのだ。魚がいない時間は、折りたたみ椅子に腰を落とした。キャップの鍔を落とし鼻まで覆って日差しを遮ると、のんびりとした静謐に身を浸す。波のしぶく音や海から吹き来る風の音に耳を澄まし、潮の匂いがわだかまる波止場で、恍惚と夢現の境を彷徨う――――疲れた体を癒すのにこれほど素晴らしい休日の過ごし方は他にあるだろうか?

 

 だ、だから、水族館へ女とデートなんか――面倒だし気も使うしよぉ。

 これっぽっちも――


「その後さぁ、カラオケ行ってね、二人で好きな歌歌ったよ、雪乃の奴、なんか今日慣れなれしくってね、肩寄せてきてべたべたしてくるから、困ったよ」

 太い眉を八の字にして、苦笑いしながら話す弟。

 そんなこと――う、羨ましくなんて、な、ないんだからな……


「それでさ、彼女がね……」

「ほぉほぉ」

 だから、人を羨むなんて……

「だから言ったんだよ、雪乃が……」

 全くそんなことは……

「それでさ」

 …………

 尚も甘美な話は続くようだった。

 この地点で、俺は輝を羨む気持ちは薄れていた。

 もはや俺の心は鉄の鎧を纏い、何者をも受け付けない。

「でさ、喫茶店寄った時にさぁ、雪乃が言うんだよ、向こうにいる席の女の子が僕を見てるってさ! 」

「…………」

「焼餅って言うのかな? それ言われて振り返ると、確かに小奇麗な女の子が一人で紅茶啜ってて、僕を見てたんだけど、気のせいだと思うんだよな、そう雪乃に言ったら……」

 冗長なのろけ話に、モテ武勇伝まで織り交ぜ始めた輝。

 もはや、心を閉ざして馬耳東風の立場を貫く他なかった。


「さてと、もうこんな時間か」

 壁掛け時計の短針が10時を指していた。

 明日も学校はあるし、寝る前に風呂に入っておかないと。

 そう思い、腰を浮かせかけるが、

「それにしてもねぇ、喫茶店の女の子、確かに僕を見ててね」

 その俺の関心を惹くかのように輝はひとりごちる。

「またその話か……」

 俺が呆れた顔で輝を見やると、どうも浮かれてる風でもない。

 何か心の襞に引っかかるものがあったんだろうか。

 腕を組み、思案顔で低く唸る輝。

 しばし、立ったまま輝を見下ろしていたが、俺の気は再び風呂に引き戻され、

「じゃ入ってくるわ……」

 といい置いて、輝を残し部屋を後にした。


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