検証。
「ごく普通の廊下に沿うようにある窓、大体臍より少し高い位置に窓の桟がくる。廊下を挟んだ窓の向かいは丁度壁になっている、構造的にみるとこんなかんじだ」
「うん、私は校舎の4階にある窓から少し身を乗り出すようにして、真下を覗き込んでたの」
本格的な現場検証を被害者を交えて始めている。
俺一体何やってんだろ……って最初は思っていたが、推理ごっこが始まると案外、真面目に議論してしまうから不思議なもんだ。
「何でその時、真下を覗き込んでたの? 」
輝が舌鋒鋭く突っ込みを入れるっていうか当たり前の質問。
「ちょっと、待ってね、えーっと」
真琴は顎下に人差し指を当てて、虚空をみつめたまま思考する。
「確か、窓の外を眺めてたら、真下にあるグラウンドから雫に大声掛けられたの、大粒の雨が降り出した時だった」
「ほぉ、その雫ちゃんとやらのフルネームは? 」
「真下雫、私の親友よ」
真琴は最初はきょとんとした顔でその時の様子を語っていたが、
「そしたら、後ろから誰かが……で、わ、私は……」
見る間に、彼女の様子が変わっていく。
彼女の顔が強張り体の輪郭が薄くぼやけたかと思うと、陽炎のように揺らめき始めた。
「おい、ど、どうした? だ、大丈……」
その変化に気づき、俺が声をかけようとしたとたん、
炎が風に煽られたかのように、彼女の姿は大きく上に引き伸ばされた。
「うわ……」
唐突な変化に俺は思わず体を後方に仰け反らした。
まるで、ムンクの叫びのようなおぞましい真琴の姿に俺は息を呑んで立ち竦んだ。
「真琴ちゃん! 」
すると、輝が慌てて俺の前に割って入り、彼女を抱き竦めるようにした。
「はぁ……はぁ……ぉぉおおぉ」
彼女の面影をどこにも残さない青白い塊は、尚も激したように左右に激しく揺れる。
輪郭が一定しない度を失った彼女の風体は、正視に耐えれるような代物じゃなかった。
後退り震えたまま動けない俺の前で、輝は荒ぶる彼女を必死に両手で押さえ込み、怯える子供を宥めるように大丈夫、大丈夫と呼びかけていた。
「ごめんねー驚かしちゃって……私自分を制御できなくなって……」
「ううん、気にしないで」
「…………」
大変やった……怖かった。
輝がなんとか落ち着かせたけど、一時はどうなるかと思ったよ。
今、真琴は猫かぶりして、屈託ない笑顔を見せてはいるが、
さっきのホラーバージョン見た後じゃ、すぐにはこの場に和めそうにない。
俺は飲み物持ってくるとか言って部屋を一旦出た。
台所にくると電気をつけて、広めの空間で両手を広げて深呼吸をする。
そして、冷蔵庫から取り出した冷たいフルーツジュースを一気飲み。
「ふぅ……」
俺は大分落ち着きを取り戻していた。
台所の新鮮な? 空気と冷たい飲み物のおかげで呼吸は整ったようだ。
俺は台所の椅子を引いて腰掛ける。
だらりと、背もたれに体を預け、さっき真琴が語った話と現場の様子を思い浮かべる。
詳細聞くまで半信半疑だったが、彼女の証言に嘘がなければ、雨の日の午後、校舎の4階の廊下で窓を眺めている時に、何者かによって彼女は背中を押されて転落して死んだ。明らかな他殺だ。
あの廊下は彼女の話だと、人があまり通らない廊下だと言う。
真琴は雨の日に、あの場所から外を眺めるのが好きだったらしい。
人間、家にいても外にいても、必ず自分だけの落ち着ける場所を一つは持っているものだ。
その安住の地に土足で入り込み、彼女を死に追いやった何者かに、俺は柄にもなく強い憤りを感じていた。
「輝、犯人見つけるぞ」
勇み足で部屋に戻ると開口一番、輝に言い放った。
「お帰り」
「おかえりー」
何だか団欒してたような生温い空気が部屋を包んでいる。
「輝! 真琴を殺った犯人が許せない! 」
「俺もだよ」
「兄貴かっこいい~! 」
真琴の黄色い声が聞こえて、膨らんだ士気が一瞬萎えたが、
そう悪い気もしなかったのは俺だけの秘め事にしておく。
「まぁ、兄貴、それはいいんだけどさ、一度事故として処理されてるし、僕達警察じゃないよね」
「あぁ、そうだな……」
この言葉で盛り返しつつあった波が現実の壁にぶつかり砕け散る。
犯人を見つけるには、どうしてもあの学校に忍び込むか何かして、彼女の知り合いや友人に話を聞く必要がある。警察でいうところの聞き込み調査だ。しかし、俺達は他校の生徒であり、一介の学生に過ぎない。完全に次の手立てが潰えて、俺達は沈黙を余儀なくされた。