幽霊談義。
「見えるかな? 」
俺は首から上だけ具現化して彼女に語りかけた。
「ん? 首から下は? 」
「あいにく、事故でね……」
俺は咄嗟の判断で、適当な事を口走った。
そしたら、彼女から見る間に笑顔が失われた。
俯く彼女の顔は翳りを一層濃くし悲哀さえ漂う。
「ど、どうした? 」
「…………」
さっきまでの笑顔と明るい雰囲気が、一転して暗く淀んだものへと変わり、本来の幽霊らしさを取り戻したとでもいうか。
俯いた青白い顔には、一種異様な迫力が纏わりついている。
「私もさ……事故でね、死んだの……」
「あ、そ、そうなんだ……」
「私には彼氏もいたし……大学に進む予定だった……やさしい家族もいた……」
低い悲痛な声は、時々掠れて一人囁くようでもあった。
魂とは感情がそのまま凝り固まったような存在だと聞いた事がある。
だから、生きている時と違い、ちょっとした影響で感情が激しく揺さぶられる――のかもしれない。
飽くまで推測に過ぎないが。
彼女の根の深そうな独白はまだ続くようだった。
「あの時……気をつけていれば……」
「…………」
「憎い、切ない、悲しい、やっぱり……憎いのかも? 」
微妙に言い回しに特徴のある子だ。
恨み節続けながらも、自己分析する冷静さは持っている。
生来の彼女の性格なんだろう。
しばらくして――俯いた彼女の口元が緩んだ。
ついと顔をもたげるので、俺は思わず小さな悲鳴を上げた。
「ふふふ、ごめんね、ちょっと取り乱しちゃった」
「あ、そうなんだ……」
し、心臓に悪いよ。
荒ぶった鼓動の音が、鼓膜の内側から響いてくる。
大気の体にも心臓はないようであるんだなと感心してると、
憑き物が落ちたようにけたけたと笑う彼女。
この場合、俺が彼女に憑かれているのかも。
「じゃ、俺自宅に帰るよ」
「え、あなたの自宅って生きてる時、すんでた家? 」
「ん? それ以外何かあるかな」
彼女の妙な質問に首を傾げる。
「そうか、あなた自宅で死ねたのね、事故とかいうからさ、首から下がなくなるようなのって、電車に飛び込んだとかそういうの連想してた。だから、あなたの自宅は線路かなっと……」
「な、な、何を!? 」
「だって、そんな悲惨な死に方、それくらいしか浮かばなくって。幽霊って事故で死ぬと、その場に縛られるっていうからね」
彼女は悪びれた様子もなく一人納得しているように頷きを繰り返している。
俺は呆気にとられて彼女を眺めていたが、ふと、舞い込んできた疑問に思考がたゆとう。
もし彼女が言った事が本当なら、この子は今いる場所で死んだのかな?
察するに、この道で車に引かれたとか。
彼女の足元を見つめていると、そこに血を流してうつ伏せに倒れる彼女の幻影が見えるような気がした。
なんだかやり場のない感傷に浸っていたが、急に彼女は目を見開いて、口を空けたまま俺を覗きこんできた。
「ちょ、ちょっと待って! あなた自宅でその死に方って殺されたの? 事故って嘘でしょ、は! 分かった、あれよ! 草刈機で間違って自分の首刈ってしまったとかでしょ! いや他にも……」
まだ彼女の推理は続いていたのか……想像逞しいというか。
彼女はそんな調子でしばらく、俺を置いてけぼりにして、しんと静まり返る夜の道で長い時間ひとりごちていた。