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この世あらざる者。

 

 家に帰ると、自室に入りネトゲーを始めた。

 小休止とばかりに、中世ヨーロッパを舞台とするオンラインゲームに手をつける。

 仮想世界にやってきてまで、ネトゲーやってる俺は変わり者に違いない。

 過疎化の進んだゲーム内は、深夜のこの時間でも人が少ない。

 金曜日ならもう少し遊んでそうなものだが。

 

 やめた。

 現実の世界でもこのゲームは飽き飽きしてんのに、長くは続くわけなかった。

 はーやれやれ、そろそろ、本格的にこの世界に新しいものを加えていくか。

 その方が楽しいに決まっている。


 あ、そうそう、俺は陰陽師の家系になっているが、そんなしょっぱい特技使う必要ないので封印することにした。携帯でな~んでもできるのに、俺が陰陽師ごときの力使っても意味がない。

 

 そろそろ限界だ。

 鬱屈したものが心の澱となって堆く積まれ始めている。

 もう抑えきれない衝動が手足に、制しきれない倦怠感を充満させている。

 ヤルシカナイ。

 めちゃめちゃにしてやる。

 消極的な自制もここまでだ。

 この世界をぶっ壊してやる。

 今日は満月、俺の体内に脈打つ熱い血は、何かを求めている。

 平凡なものじゃない、もっと違う何かを呼び込もうとしている。


 俺は深夜のこの時間帯に大暴れをしようと目論んだ。

 形態変化。

 俺は空気となる能力を自らに付与することにした。

 確定を押した。

 さぁ、旅たつぞ。 

 

 俺の体が空気に変容すると、着ている衣服が宙に舞った。

 窓の隙間から、外へ。

 この季節とはいえ、今日は気温が低くめで肌寒いはずだった。

 しかし、大気の体には外の夜気の冷たさは伝わってこない。

 壁に触れるが手には何も感じない。触覚も失われているようだ。

 だが、嗅覚、視覚だけは残っていた。

 潮風の匂いが意識の中に浸透していく。

 闇に浮かぶ満月は際立って白く見え、俺に無限のパワーを注いでいるような気さえした。

 

 夜の街の上空を空気となった体で滑走する。

 移動は思いのままだ。意志の力でどこにでも飛んでいける。

 その上、大気の体は誰の目にも映らない。

 一種の透明人間のようなものだ。

 

 こういう状態でやる事の定番といえば、覗きでしょうか。

 しかし、深夜に風呂入ってる若い女の子を見つけるなど、

 労力に見合わないし、やってる俺が馬鹿馬鹿しくなるので却下。


 低空飛行で住宅街の路地を進むと、男の罵声とも呻きともとれる声が闇を渡ってくる。

 たぶん、酔っ払いだろう。

 目を凝らして見ると、リーマン二人が肩を抱きあって、ふらふらと覚束ない足取りで夜の道を闊歩している。恰幅の良い若い男と太り気味の年配の男、上司と部下といった関係だろうか。

 よし、少し脅かしてやろう。

 俺の能力は融通がきくものだった。

 体の一部を瞬間的に元に戻す事ができる。


「おじさんたち、どこ行くの? 」

 俺は口と喉を具現化し、後ろから二人に声をかけた。

 小心者だから、こんな地味な脅かししかできない。

「あ、お前なんか言った? 」

「ああん、なーんも、気のせいだろ」

 おっさんたちは振り返りもせず、よく知らない歌を大声で垂れ流しながら夜の闇に消えていった。

 駄目だ、酔っ払いは駄目だ。

 と、反省しきりで、次の手を考えていると、

『そんなんじゃ、幽霊失格だよ……』

 突然、背後から呆れたような女性の声が朗々と響く。

 気体の姿のまま後ろを振り返る。

 そこには、青いブレザーの制服を着た女の子が立っていた。

 こんな時間に高校生が?

 傍の電灯の光を受けてか、その少女の姿は夜の闇にくっきり浮かび上がっていた。

 しかし、何か可笑しい。

 闇から縫い取るように、少女の輪郭は青白い燐光を帯び、その癖、体の色は酷く色褪せている。

 それ以前に、何で大気の体である俺に声を掛けれるんだ?

「あんた、俺が見えるのか? 」

「うん、見えるっていうか、そこにいるって分かるの」

「ふーん、よく分からないな……」

 言いながら、俺は相手の正体に薄々感づき始めていた。

 少女は鼻を青白い手で包んで、何かを考えるように視線を辺りに散らしていた。

「えーっとね、簡単に言うと……あなたが私を感じれるように、私もあなたを近くに感じる事ができる……そう言う事だと思う」

「なるほど……てことは、姿は見えていないんだ」

「うん、ただ、近くにあなたが存在する事は知覚できてる」

 うまい表現だと感心しながら、彼女はともかく、俺が彼女を目にできている理由に当たりをつけた。

 俺は陰陽師の力は使わないことにしたが、それは飽くまで意識で制する事ができるものだけだ。この世の者でない人間、つまり幽霊などを見る力は意志に関係せず機能しているんだ。

「怖いの? 同業でしょ、姿を見せてよ」

 俺がしばらく声を発せずにいると、少女は悪戯っぽい笑みを浮かべ言った。

「良いけど……」

 俺は姿を現そうか迷ったが、寸前で素っ裸であることを思い出した。

 どうしよう……

 


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