淡い午後。
「おい、今休み時間だろ、俺と交代しよう」
「え、今ですか、はい、分かりました」
ドッペルゲンガーと思念で話す。
頭の中で会話できるように設定してある。
人気のない体育館裏へ呼び出して、ドッペルと合流。
「解除! 」
と俺がドッペルに向かって言うと、彼は七色の飴玉に姿を変える。
それを地に落ちる前に手のひらで受け取ると、口の中へ運んだ。
ごくりと喉を鳴らして嚥下した直後、彼のこれまでの記憶が俺の中に流れ込んでくる。
ドッペルがどことなく、冴えない顔をしていたがその意味が分かった。
隣の席の前川愛美と良い具合に話が弾んでいたようだ。
先日、授業を休んだ彼女にノートを貸してあげたらしい。
小さな親切から彼女と少し親密になった。
普段女っけのない俺の分身が、夢心地で胸を高鳴らせ青春を謳歌してる時に俺が割り込んできた。
立場が逆なら、俺でも不満を露にしただろう。
彼の意志は無駄にはしない……俺は体育館の外周を回って教室のある別館に移動した。
以前、俺は仮想空間での体験は所詮ネットゲームのようなもので、現実の世界になんら反映されない無駄なものであると嘯いた。しかし、ネットゲームが日ごろのストレスや、満たされない思いを緩和したり、癒す場を担っている事を頭に入れていなかった。現実の世界と瓜二つの仮想世界、そこでどんな成功を収めようとも空しいだけだと言ったが、癒しという観点で捉えれば、あながち無駄なものでもないと思い始めている。それに瓜二つの世界であるなら、ここで成功した事例を現実の世界で試せば、良い結果を得られるんじゃないだろうか。
キンコンカンコーン
俺を急かすように、歪んだ響きが構内に響き渡る。
教室へ急いで走る。
引き戸式の扉を開け、ざわめきの間を縫うようにして歩み席に着いた。
5時限は英語らしい。
俺の机の上は消しゴムのカスで塗れていた。
あいつ、どんなノートの書き方してるんだ……おっと、アイツは俺のコピーだった。
普段から誤字が多い俺の粗野な部分まで受け継いでいるらしい。
教科書とノート、筆記用具をカバンから取り出し机の上に並べる。
その作業の合間に、隣の前川愛美に一瞥を投げると、彼女は既に落ち着き払って、英語の教師が来るのを待っている様子だった。だが、不意に彼女が顔を上げると視線が合った。俺はつい、意味もなく視線を逸らし、前頭部の黒髪をなで上げる。今まで俺自信は彼女と話したことがないので、どうしてもドッペルの記憶がよぎり、気恥ずかしい思いが先に立ってしまった。