モルト2
「俺はこの村に5年ほど前にやってきたのだが、ヤシチはもっと前にこの村に流れてきたらしい。詳しいところは分からないがな。ただ、流れ者というところでは俺と同じだ。あいつは村に対してどれくらい愛着があるのかもわからん。それにあの性格だ。ふだんから村の者とも何回かいざこざを起こしているし。」
そうなのか……そうだよな、あの性格じゃ……なんだかほっとしたような。被害者は俺だけじゃなかったんだ。絡まれた人たちの話を聞いてみたいような。
「だが、奴は鼻つまみものだが腕は確かだ。とりあえず、村人は奴を必要悪としてこの村の警護役として訝りながらも置いてやっている。この辺境の地、しかも周りには危険な野獣もうろうろしてるし、山賊の類も時々でるのでな。あいつは戦闘にかけてはずば抜けている、グリズリーごときなら数秒であの世に送ることすらできる猛者だ。この辺境の村には貴重な存在でもあるんだ」
「そうでしょうね」
そんなに強かったのか……確かに、俺の攻撃がかすりもしなかったからな、もうアイツが襲ってきたら、逃げよう。逃げられるかどうかはしらないけど。
モルトさんはゆっくりしたテンポで話している。区切るたびに俺の顔をじっとみつめている。
「だがな、俺はこの5年の間、タオ村を拠点として交易を続けているので、色々見えてくるものがあるんだ。ヤシチは多少いざこざを起こすが、決して一線を越えるようなことはしない。ずる賢いやつなのでそのへんは心得ている――が、かといって、この村の奴等には全く心を許してもいない。むしろ、俺にはヤシチがここの村人を憎んでいるようにすら見える」
「う~ん、なぜそう見えるんですか? 」
「一つにはタエちゃんのことがありそうだ」
「え、なぜタエちゃんの事が……」
モルトさんは片目を瞑って一拍間を空けてから口を開いた。
「ここの村人はな、なんだかんだいって余所者には冷たい、しかもヤシチがあの性格だ。必要悪だと思っていてもケンカは絶えない。そうなると、ヤシチ本人にではなく、タエちゃんにとばっちりがいくんだ」
「そ、そんな……」
思わず大きな声をあげてしまった。
「拓、分かるだろ、村人、否、人間なんてそんなもんだ。強い奴に何もいえないのなら弱い奴を叩いて、鬱憤を晴らすんだ、それが人間ってやつだろう」
「わ、分かりますけど……」
酷い……タエちゃんあんなに健気で可愛いのに、一体どんなことをされているんだろう。
タエちゃんの事を思うと言葉が出てこない。
「まぁ、拓、そんなに思いつめるな、お前が考えるような酷い事はされていないぞ、村人も命が惜しいからな、ちくちくタエちゃんに嫌味を言ったりする程度だと思う。」
「はぁ……」
少しほっとしたが……タエちゃんも随分と肩身の狭い思いをしているんだな。可哀相に……
「だがな、ヤシチはその事を根にもっているに違いない。タエはそれをヤシチに話さないだろうが、ヤシチはああみえて勘の鋭い男だ。タエが寂しそうな顔をしていれば、すぐになにがあったのか分かるだろう」
「確かに……」
『俺はそいつの顔をみれば大体どういう奴か分かるんだよ』
ヤシチが俺に向けて言った言葉を思い出した。
あいつは荒っぽいが、人の内を見透かすようなところがある。
「そうするとだな、そんなヤシチが、いつまでもシギ村の奴等を守ってやるようなことを続けられると思うか? 」
「どうですかね、一応、保身のために従っておくんじゃ」
「それは『シギ村』だけしかいくアテがない場合だろ」
モルトさんの角度を変えた視点に触れて頭の中で何かが弾けた。
「分かってきたようだな、ヤシチはな、タオ村に護衛の任で何度も出かけている、だから、タオ村でもヤシチの事を知っているものは多い」
「…………」
「そうなると、こういうこともあるかもしれないぞ。例えば、タオ村のお偉方がヤシチに接触して、例えばだな……タオ村でお前を雇うから、どうだうちにこないか。その変わりといっちゃなんだが、シギ村の情報を集めてくれとか、他にも色々言われて、タオ村のスパイとして暗躍しているのかもしれない」
「ちょ、ちょっと待ってください。それは何かそう考える根拠みたいなものあって言ってるんですか? 」
ヤシチの境遇なら確かにありえそうだが、若干話が飛躍しすぎているような。
「早まるな、飽くまで可能性の話をしているんだ……それに……」
モルトさんは両眼を瞑って、なにか思案げに黙っている。
だが、次の瞬間、目をかっと見開いて口火を切った。
「俺は交易商人であるので、ヤシチに護衛してもらう事も何度かあった。俺はある日、商いを早めにおえたので、ヤシチとの約束の時間まで暇があった。仕方ないので、時間つぶしにタオ村の裏路地を散歩することにした。そしたら、ヤシチがいたではないか。黒いほっかむりのローブをかぶった人間と楽しそうに話している。俺はそれをみて咄嗟に建物の影に身を潜めた。何か見てはいけないものをみてしまったような。とにかく驚いてな……とりあえず、姿を隠してその様子を隙間から窺う形になった。そしたら、あのヤシチが、笑顔を浮かべて、声をあげて笑っているではないか。あんな姿シギ村では一度も見た事がない。お前、想像できるか? 」
「そ、そんなこと……」
ちょっと俺の想像力では……不可能です。
「一瞬友達かなんかと思ったが、アイツに友達が出来るとは思えない。しかも話している相手は怪しい身なりをした人間だ……俺は悩んだ。『これ』をどう解釈したらいいのか。アイツにもそういう一面があるのだと最初は思ったが……どうにも納得ができない。あいつは利害を基準にして動く人間だからな。俺は考えた。友達でないとすれば、あの相手はヤシチにとって利益をもたらすもの、例えば、タオ村の何者かにその実力を認められ、『買収』されているところだと考えた方が無難じゃないだろうか? 」
「そう言われてみれば……」
そうかもしれないが……なにかが引っかかる。
モルトさんは、なぜそこまでヤシチに眼を向けるんだろう。
「モルトさん、なぜヤシチのことをそこまで? 」
「え? いやああ……うん……そうだな……そういわれてみれば」
熱く語っていたモルトさんが、ふと我に返ったように独りごちた。
そして、咳き込むように喉を鳴らしてから再び話し始めた。
「実はな、俺が今まで言った推測は全部、タキジさんが発した言葉に触発されて、考え始めたことなんだよ」
「タキジさんが何か言ったんですか? 」
「ああ、この間の殺傷沙汰の件で、数人の村人が死んだだろ……そのことにタキジさんは疑問を抱いているらしいんだ……」
「どんなことを? 」
「うーん、なんというか、被害が……大きすぎるとタキジさんは感じているようなんだ。」
「どういうことですか? 」
「あの時、奇襲とはいえ、村人の若い者と、ヤシチ、ホタルが揃っていたのに、死人が出すぎたと。いくら暗闇だとはいえ、目測3匹程度の謎の野獣に翻弄されてあれほどの被害をだすのはおかしいというのだ」
どういうことだろう……
「タキジさんは、あの時必死に戦いながら状況を見定めていた。その時、なんとなくホタルやタキジの動きも目に入ったそうだ。奴等はとてつもなく俊敏だから、目を奪われたのかもしれない。タキジさんは村人たちを先導しながら、彼らを見ていた。ホタルのほうは野獣に向かっていき、良い仕事をしていたそうだ。だが、ヤシチの動きが何かおかしい。野獣を追い詰めておきながら、突然後ろに飛び退ったり、ホタルが野獣を追っていると、前にでてきてホタルの動きを寸断したり……」
「本当ですか? 」
「さぁ……タキジさんが見たものを言った事だからな……だが、タキジさんは、なにやらその動きに疑いを抱いたらしい」
「…………」
「まぁ、俺はそれを聞いて、ヤシチをスパイだと思い込み、こうやってそれまでのヤシチの行動や待遇から推測をたててみたんだが――言われてみれば、少し俺の勘ぐりが行き過ぎているかもしれない。
ただ――――ヤシチがお前を殺そうとしたのは事実だ。声をかけるまえからのヤシチの動きからみて明らかに奴は本気だった。強くなったお前を殺すことは明らかにこの村にとって損失だ。ヤシチの行動は常軌を逸している。村に対する反逆行為だ。タキギさんの言葉、俺の推測、ヤシチの背信行動。これらを思い合わせると、奴がスパイである可能性も否定できなくはないか? 」