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⑬成り行き。

「動きはなかなかいいね、だけど、他がかっらきしだ」

「ちょ……ま、まって」

 なんで俺がホタルちゃんと戦わねばならないんだ。

「あ、あぶね」

 何度もでたらめな防御の間隙を縫って、彼女の攻撃が鎧にヒットする。

 そのたびに鼓膜が破れるかと思うような金属音が響き渡る。

 とんでもなく速く鋭い、小刀さばき。

「あんた、反射神経だけで受けているだけだね」

「わ、と、とっ! 」

「まぁ、それでも、ましなほうさね、これだけ私と渡り合えるのはヤシチくらいだ」

「はっ、ひっ」

「よし、このへんにしておいてやろう」

 ほたるちゃんはそう言うと、後ろにすっと退き、懐の鞘に剣を収めた。

 俺は荒い息をしながら、呆然とその場に立ち尽くす。

 何も言葉を発せなかった。

 呼吸が苦しい。喉もからからだ。

 か、彼女のいうとおり反射神経だけで……の、乗り切ったが、全然余裕なんて、与えてもらえなかった。

 その場に座り込んで、息を整える。

 疲れ切った俺を彼女は不敵な笑みを浮かべ見下ろしていた。


「あはは、旅芸人の女か、面白い事言うね」

「いや、俺がいったんじゃ、村の噂ですわ」

「村の奴等は好き勝手にいうからね」

 先ほどとうって変わって和やかな雰囲気で彼女と話をしていた。

 思いのほか彼女の別人格は話せる人間だった。

 だが、妙にどっしりとした貫禄がある。

「しかし、さっきの剣裁き、凄かったですね、どうやって身につけたんですか? 」

「ヤシチに剣術を習ったのさ」

「え……? 本当ですか」

「冗談に聞こえるかい、まぁ、驚くのも仕方ない、あのヤシチだからな」

 ホタルちゃんは怪しく微笑んだ。

 し、信じられない。あのヤシチが他人に物を教えるなんて……

「しかし、ヤシチが言っていたのと違うね、随分使えるじゃないか」

 彼女はそう呟くと、視線を逸らして黙り込んだ。

「う~ん……しかし、どうしようかね……」

「はい? 」

「まさかね、だけど……」

 独り言を呟き始めた彼女。

 何か思案している様子だ。

 声をかけても反応なさそうなんで、俺も辺りの景色に視線を流した。

 小さな生き物が叢の中で蠢いている。

「そうだ、そうしよう」

 ホタルちゃんが急に甲高い声をあげたので驚いて顔をそちらに向ける。

「どうしたんですか?」

「お前を私の弟子にすることに決めた! 」

「え? 」

「今日からお前と寝起きを共にする」

「ええ!?  」

 胸の鼓動が高鳴る。

「お前は今日から私の世話し、一緒に行動をするのだ! アハハ! 」

「えええ!? 」

 突然の成り行きに俺は唖然として二の句を継げなかった。


 だが、その日からめくるめく、否、ほたるちゃんとの甘く険しい修行生活が始まったのだ。


「まずい……作り直せ」

「は、はい」

 端正こめて作った食事を、まずいの一言で一蹴される。

 なにかが違う……

「おまえ、掃除の仕方もしらないのか? よくみとけ! こうやって壁に沿って履くんだ」

「は、はい」

 なにかが……

「下着はもっと念入りに洗えといっただろ」

 なに……これは……ちょっと美味しいけど。

 一通り朝のうちに家事を終えると、今度は戸外での走りこみだ。

 これは……まともだった。

 ただひたすら、彼女の後を追って野山を駆け巡るのだ。

 彼女はどんな隘路も難なく突き進んでいく。

 俺もヤシチ並の体力があるので、それなりに速度はだせるのだが、

 無駄な動きが多いのか、なかなか彼女に追いつけない。

「ちんたら走っていると、置いてくぞ……」

 見る間に彼女は距離を空けて、俺は本当に山中に置いてけぼりにされた。

「どこいったんだ……」

 途方にくれながらも、彼女の姿を追い求める。

 しかし、一向に彼女の姿は見当たらない。

 おいおい、どこまで行ったんだろう……

 ひでぇよ。

 鳥獣や虫の気配しかしない場所をひた走る。

 だが、前方に人らしき影がみえた。

 ホ、ホタルちゃんだ……

 親を見つけた迷子ように俺は駆け寄った。

「ホタルちゃん~、酷いよ……ひっ」

 だが、そこにいたのは身の丈3メートルほどありそうな熊ににた動物だった。

 これはもしかして……モルトさんが言っていたグリズリー……

 熊はテリトリーを侵されたせいか、既に両手をあげて臨戦体勢に入っていた。

 俺はその場から飛んで逃げた。

 

 途中で息切れをし始めた頃、立ち止まって背後を見るとグリズリーの姿はなかった。

 さすがに、熊ごときではヤシチ並みに走れる俺にはついてこれなかったようだ。

 それにしても、彼女を探してもうどれくらいになるだろう。

 周りは似たような木々が連なり、元きた道すら分からない。

「ひ、ひでえよ……鬼だ……」

 泣きべそをかきそうになったところで、山の斜面に出くわす。

 仕方ないので、そこを降りていくことにした。

 斜面の下のほうから、水が流れる音が聞こえてくる。

 これはもしかしたら川!?

 喉が渇いていたので、飢えた野獣のように俺は駆け出した。

 途中で転んだり、根っこに足をひっかけたりしたがそんなのどうでもいい。

 水水水、水をよこせぇ。

 間もなくすると、案の定、水の流れが視界に入ってくる。

 素早く駆け寄ると、鎧に覆われた手に水を溜め、面頬をずりあげて、

 冷たい水を喉に流し込んだ。

 生き返る……

 体に生命そのものが流れ込んだようだ。

「お、やっとみつけたか」

 上から突然、降ってきた声に俺は顔をあげた。 

 そこにはホタルちゃんがいたのだ。

「え? あ!? 」

 しかもただのホタルちゃんではない。 

 素っ裸のホタルちゃんだ。

「わわ、ご、ごめん」

 俺は咄嗟に謝る。

 こ、殺される……反射的にそうも思った。

 だが、彼女は予想に反して、きょとんとした顔で言った。

「なに謝ってるんだ? 変な奴」

「え? 」

「お前も体洗っていきなよ」

 艶かしい姿態を晒したまま、当たり前のように彼女は言った。

「汗かいたろ? 綺麗にしていきな」

 そ、それは、良いのか? 悪いのか?

 その前に恥ずかしくないのか?

 ていうか、俺が恥ずかしい……

 無理無理無理無理!

 俺は動転して素早く近くの岩陰に隠れた。

「本当に変な奴だなぁ」

 しきりに彼女は不思議がっていた。

 羞恥心はないのか……?

 

 その後は家に帰ってホタルちゃんと剣術の稽古をした。

 彼女は本気で打ち込んでくる。

「は、ほっ、ひっ」

 反射的になんとか剣を受けるが、相変わらず鎧に何度も小刀の切っ先があたる。

 しかも、常に急所を狙ってくるのでひと時も油断ができない。

 油断すれば、即、「死」に繋がる。

 この修行が何より恐ろしかった。

 常に命がけなのだ。

 彼女は手加減などしない。

 何時も殺す気で挑んでくる。

 

 そして、一日を終えると、夜は一つの布団で一緒に寝るのだ。

 家が狭いために、二つの布団を敷くスペースがないので仕方ないのだが、

 ありえない状況だ……

「なにかしたら切り刻んで、川に捨てるからな」

 寝る前に淡々とこう言われた。

 素の言い様が、嘘じゃないことを物語っている。

 それだけに、苦しいのだ。

 彼女の体から発せられる甘い香り。

 時々、寝返るたびに触れ合う肌。

 すーすーと聞こえる彼女の寝息。

 俺は人間の三大欲の一つと毎日格闘しなければならなかった。

 

 そんなこんなで、数ヶ月、彼女との共同生活を続けた結果、俺は見違えるようにたくましくなった。

 家事の「さしすせそ」は完全にマスターしたし、

 走りこみでも難なくついていけるようになった。

 剣術も彼女と互角に渡り合えるようになった。

 夜も、悟りを開き、煩悩を抑えられるようになった。

 最後――は男としてどうかと思うが……

 とにかく、彼女の手によって、俺は一人前の傭兵に造り上げられたのであった。

 

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