ムラビート。
「それで、昨日、密葬が行われたらしいですよ」
「そうですか……」
昨日の一件での死傷者は10人、そのうち3人が亡くなった。
この村では本来は、死者の弔いの儀式は翌日に行われるらしいのだが、今回は夜も明けないうちに、村の総領たちによって、何の儀式も行うことなく土葬にされたらしい。
ホタルちゃんのお母さんの話によると、どうも今回の事件はウーフ神のご機嫌が悪いのが原因だということになって、殺された者たちはその怒りの矛先になったものたちだから、、村から一刻も早く「取りのぞか」ないと、死者にまとわりつくウーフ神の怒りの力みたいなものが、他の村人にまで伝染して災いを起こす云々で、さっさと墓地に埋めたらしい。
まぁ……土俗信仰にありがちな迷信というか、勝手な解釈というか。
「拓、あんた傭兵だろ? もう少し機敏な動きはできないのかい? 」
「い、いや、どうもすみません」
「ちっ情けないね……」
ホタルちゃんは眉を吊り上げて舌打ちをした。
朝からこの調子なんだ……
どう気持ちを切り換えていいか分からないが、現実はいつでもシビアだ。
眼前の荒々しいホタルちゃんに、元のホタルちゃんの面影は一切なかった。
これまで豹変後の声を間接的に聞いたり、姿を間近でみたりしたが、人格変換したほたるちゃんとご対面したあげく、会話をしたのは今朝が初めてだった。
それだけにショックは大きい。
心の負担が大きすぎて事態をのみこめず、俺の感情はここにあるようでないような。
さっきからサンドバックのように、彼女の罵声を浴びせられていた。
「ホタル言いすぎよ、少しは言葉を慎みな」
「ふん! 」
ホタルちゃんは不機嫌そうに立ち上がって戸外へ出て行った。
俺はため息をつく。
「悪いね、いつもこうではないんだけどね」
「そ、そうなんですか」
彼女の豹変について母親に尋ねるのも気が引けるなぁ。
どうしようかな。
悩んでいると、ホタルの母トウは言った。
「それはそうと……村長が、後で村会を開いて、今後の話をしようって事になってね、拓も出て欲しいんだわ」
「あい、わかりました」
「猿の刻に集まってくれたらええ」
「承知しました」
自分の部屋に帰ると、俺はぼーっとした頭でこれまで合ったことを整理することにした。
なにがどうなっているのか。なにから考えるべきなのか。
煩悶として、頭をかきむしる。
あの化け物たちはどこからきたんだろう?
村人はウーフ神の祟りだなんだと騒いでいるが、そんな事はありえるのだろうか? ホタルちゃんのあの変化は一体なんなんだろう?
あ~頭がどうにかなりそうだ。
「…………います? 」
「拓…………」
木戸の向こうで誰かの声がしたので、混沌に落ちた思考を中断する。
誰かが来たようだ。
微妙に防音効果がある木戸のため、言葉が聞き取りにくい。
間もなく、俺の部屋の木戸を叩く音がした。
「どなたかな? 」
「タエです」
「あ、タ、タエちゃんか、は、入りたまえ」
「はい」
いつもの桃色の着物姿のタエちゃんが俺の部屋に入ってきた。俺もあまり元気がないが、今日はタエちゃんの顔色もどこか冴えない。
昨日の一件が堪えているのだろう。
「あ、あのつかぬ事を聞くが、今日はえっとー……ヤシチさんは? 」
「ああ、朝から川に仕掛けた罠をみにいくって」
「な、なるほど」
お、お兄さんは不在か。ほっと胸を撫で下ろす。
「今日はどうして……ここへ? 」
「あ、その、この前の兄のしたことを謝ろうと思って……」
「ハ、ハハ……そのことか、気にはしていない、驚いたけどな」
「ほんとごめん、体大丈夫だった……? 」
「大したことないよ」
タエは申し訳なさそうにしていたが、そのうち俺の体に熱っぽい視線を送ってくる。
ん……なんで俺の体をじろじろみるんだ……あ、そうか。
今日初めて鎧を脱いで、生身に近い俺の姿をみたのは初めてなんだ。
青っぽい小袖に黒い帯、すね毛の生えた青っ白い足。胸元から覗くギャランドゥー。
ホタルちゃんは無反応だったが、彼女の母は「見かけによらず、体細いな~、ちゃんと飯食べているの」などと笑っていたっけ。
そんなにじっと見つめられると恥ずかしい……
気まずくなって、話題を振ってみた。
「それより……」
「あ」
タエは我に返ったように顔をあげた。
「昨日は……酷いことに」
「ええ……ほんとに」
「タエも、大変だったろう……」
「私は、兄がすぐに高台に避難させてくれたので……でも、村の何人かは」
「…………」
会話が途切れる。
こんな時どういったらいいのか。
床に正座したまま、ほっそりとした太ももに両手をおいて押し黙るタエ。
誰か仲の良い人間が亡くなったのかもしれない。
ましてや、村の共同体意識は俺の理解の範囲を超える。
下手なことは言えない。
あ、そうだ……あの事を聞いてみよう。
「それはそうと……」
「うん? 」
「つかぬ事を伺うが、ホタル殿のことなのだが、ホタル殿は時々、性格が変わるというか」
しどろもどろになってしまう。
この村の人間は彼女の変化をどう受け取っているのだろう。
「ああ、ホタル姉さんの……」
「なんかこう、雰囲気が変わるよな」
「あれは……う~ん、村の人々は色々いいますけど、たぶん、憑き物じゃないかな」
「ほぉ、神様かなんかが彼女に憑いた? 」
「分からないけど、ウーフ神ではないと村長は言ってるよ、ある人は昔、この村に行きずりの旅芸人の女がきて、村がたいそうもてなしたんだけど、病に倒れて死んだの。その時の恩義があって、死んだ後、村の人々に恩返しをしたくって、姉様に時々乗り移って、助けてくれるんだとか、ある人は、どっかの無縁仏にぞんざいな扱いをして、取りつかれたとか、ある人は隣の死んだ奥さんが……」
「そうか……大体分かった」
話が長くなりそうなので、タエには悪いが途中で返事をし話を終わらせた。
全て霊の仕業か、まぁ、土俗信仰ではありがちな話だ。
「それじゃあ、そろそろ村会にでる準備をしなくては」
「あ、ちょっと待って、私、本当は重要なことを拓に話したくってやってきたの」
「え? 」
タエは前かがみに俺に顔を近づけると、ぼそぼそっと呟いた。