表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
172/197

世間の風。

『磯野(仮)! いつになったら仕事覚えるんだ! 』

『履歴書に書かれていた言語を使えるというのは嘘だったのか? 』

『磯野さん、ごめん、わりぃけど、11月までの納期で仕上げて」

 現実ではPGとした働き始めたのだが、己のスキル不足がもとで、

 毎日苦闘する日々だった。

 職場で怒鳴られることは、それほど多くないのだが、

 納期が差し迫った時は、みんなカリカリして嫌味を言ってくる。

 先輩PG達は、無能な俺を放っておいて、分からない事を聞きに言っても満足に教えてくれない。

 入社して間もないんだから、もう少し丁寧に教えてくれたら……

 苦しい、やめたい、もっと面倒見のいい人間がいる会社に勤めたい……

 助けてくれ……限界なんだ。


「はぁはぁ……」

 ここはどこだ……

 胸苦しさに目を覚ますと見慣れない部屋に俺はいた。

 青白い光に満たされたこの部屋は……

 手で暗闇を探ると、薄い布地の感触、その先はつめたい木板の肌触り。

 束の間、床を指の腹でこすっていると、冷たい雑巾で殴られたように全てを思い出した。

 そうだった、俺は仮想世界にきていたんだ――


 俺は食事が終わった後、ホタルちゃんの家で宿泊することになったのだ。

 あの歓待の席で俺は……

 

 とんでもない大法螺を調子にのって吹きまくった。

 

 恥ずかしい。今思い出しても赤面ものだ。

『傭兵をやっています』

『傭兵をやっています』

『傭兵をやっています』

『村に鎧、村に鎧』

『恥恥恥』

 阿呆だ、俺はなんてことを言ってしまったんだ。

 ここが崖っぷちなら、迷わず飛び降りてそうなくらい恥ずかしい。

 罪悪感と恥辱で死にたくなる……

 仮想世界にきても、無様な生き恥をさらして、

 なにをやっているんだ。

 自分の愚行を思い出すたびに死の衝動が走る。

 阿呆だぼけだかすだ。

 しばらく俺は身震いするような恥辱に、両手で顔を覆った。

 俺なんか死んでしまえ、お前なんか死んでしまえばいい。

 

「……」

 

 こ、これは軽躁状態の反動だな。

 今頃猛烈に鬱が心身を蝕んでいるようだ。

 ほんの少し冷静な判断が戻ってくると、

 すぐに敷かれた布団の横に置かれた携帯をひったくった。

『ドレドミン、マイスリー一か月分』

 鬱の症状を和らげるSNRIと睡眠導入剤を、

 仮想世界に反映させる。

 このままでは、明日動けなくなりそうだから。

 

 次に目が覚めた時は、気分は大分上向きになっていた。

 起き上がって着ている衣服を正し部屋の扉を開けると、真っ白な陽光が飛び込んできて反射的に目を細める。

 木戸はとっくに開かれていて、濡れ縁が廊下の向こうに横たわっていた。

 濡れ縁の向こうには、草木が薄っすら生えた庭、柵、村の内部に点在する家々、最奥に畑のようなものが見える。

 この村の人々は農耕で生活を営んでいるのかもしれない。

 

 それにしても――


 ホタルちゃんを村娘にしたために、ランダム設定が働き、村や畑や多数の人々が自動的に追加された。

 一つの言葉がもとで、あらゆるものが連鎖的に生み出される。

 見方によっては便利だが、うかつな事は書けないな……

 

 長い廊下を渡り、角をまがった。

 ホタルちゃんを探している。

 彼女に会わないとなんだか落ち着かない。

 迷子の幼児が、母親を求めて右往左往している時のような、

 切迫感に駆られて、家の内部を渡り歩くが、

 彼女の姿は見当たらなかった。

 そのうち、白いほっかむりをした蛙顔のお婆さんが現れる。

「どうした? 傭兵さん」

「あ、いや、その、ホ、ホタルちゃん、ちが、ホタル殿はどこですか?」

「ホタルなら、台所で朝食の準備してますわ、この廊下の突き当たりを右に曲がったところ」

「そうですか、かたじけない、言ってみますわ」

「はいな」

 あー日本語崩壊……違和感があるのかないのかすら分からない。


 とにもかくにも、言われたとおり、歩を進めた。

 早くホタルちゃんに会いたいが一心で。

 安心が欲しい、安定が欲しい。母親はお子様の安全基地。

 ちがう、俺は大人だ……

 だが、そんな道理はどうでもよくなるくらい、

 ホタルちゃんを求めていた。

 急ぎ足で廊下を進んでいると、曲がった先の廊下の奥に、

 アーチ型の入り口のようなものが見える。

 上から白い布のようなものが垂れ下がっている。

 あそこか……

 俺は小袖の前をしっかり合わせると、

 背筋を伸ばして、ゆったりとした足取りで歩み寄った。

 が、その時、天使の囀りが聞こえてきた。 

 ホタルちゃんだ。

 勇んで声をかけようとした直後のことだった。

 瞬時に体が動かなくなる。

「昨日さ、連れ帰った客人、なんか変な奴だったね、何者だろうね」

「知るか、お前が連れ帰ったんだろうが」

「そりゃそうだけどさ、なんか怪しいから、アキジも見張っといておくれよ」

 …………

 

 どこをどう戻ってきたのか、思い出せないが、

 気がつけば元いた部屋の中に突っ立っていた。

 のろのろした動きで、布団の中にもぐりこむと、

 マイスリーの錠剤を緑色のケースから取り出し2錠口に放り込んだ。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ