八坂。
八坂は腹が減って、今にも倒れそうだった。
畜生! ここはどこだ?
ここにきてから、殆どまともな食事をしていない。
視界が時々かすみ、地を踏みしめる足にも力がはいらなくなってきていた。
と、その時、足元を覆っている草花の影で何かが動いた気配があった。
白い丸みを帯びた生き物が、飛び跳ねるようにして丈の短い草木の間を行き来している。
ココココ……
聞きなれた鳴き声を耳に入れると、反射的に八坂は背をかがめた。
「鶏だ……」
小声で囁くと、黒い皮ジャンの裏からナイフを抜き取りにやりと笑った。
「ふー……ぺっ」
鶏の骨を吐き出すと、足元の残骸に嫌悪の視線を向けた。
生焼けの淡いピンクの物体にはまだ白い毛があちこちに張り付いている。
鶏の解体から肉を焼くまでの一連の行為は、惨憺たるものだった。
今まで調理の経験はないうえに、ここにはガスコンロも肉を蒸すための鍋もない。
枯れ枝を集めてライターで火をつけたはいいが、火力の調整がうまくいかず、口の中にいれた鶏の肉は生焼けだった。
「うぐっ」
時々、消化不良で吐き気を催すたびに、川の水を手で掬い胃袋に押し込んだ。
「もったいねぇ……はー」
胃のむかつきが収まると、八坂はその場で仰向けに寝転んだ。
木々の葉の間から青空が覗いている。
生焼けの鶏の肉を食べることで、完全ではないが八坂の思考は正常に動き始めていた。
はー、ここは一体どこなんだ?
どうやってここにきたんだ?
少し考えてみたが、その問いに答えがでないのは了承済み。
口の端を歪めると、頭から面倒な思念を追い払って目を閉じた。
久方ぶりに耳にする、自然の奏でる静寂に意識を委ねる。
川のせせらぎ、葉擦れの音、遠くで聞こえる鳥の鳴き声。
都会の喧騒に慣れた八坂にはいささか刺激が少ないが、こういうのもいいものだなっと静かな発見とともに受け入れる。
八坂は腰に備え付けた青いポシェットから、パケを取り出した。
透明の子袋には白い粉が入っている。
ジャンキー相手に八坂が売りさばいていた麻薬だ。
東京の新宿のとある高架下で購買客とよく取引をしていた。
八坂はポシェットを外し、雑草の上に置いて中を覗き見る。
自分が育てたインディカ種のビッグバッズがはいったパケの連なり。
マンションのベランダで八坂が栽培したものだ。
ビッグバッズを選んだ理由は、栽培が楽で、収穫までの時期が短いからだ。
外国のブローカーやヤクザとのツテがない八坂が、これだけの量を仕入れるのはこの方法しかなかった。
八坂はビッグバッズを、客に、ミ○ティ、サ○○ークリスタル、ノーザ○○イトだと偽って売っていた。
日本では中々手に入らない三種だ。
ジャンキーどもは通ぶってはいたが鑑識眼など持ち合わせてはいるわけはなく、八坂の巧みな話術によって、ビッグバッズは飛ぶように売れた。
八坂はパケをポシェットにしまい、腰に装着すると立ち上がった。
さっさと東京に戻って売りさばかないとな。
「くくっ……」
八坂はにやりと笑うと、川筋に沿ってまた歩き始めた。
注意)フィクションです。参考文献、アウトローたちの履歴書。