テスト
日が沈むと真っ暗になるかと思ったが、月の光が思いのほか明るく、私の周りにあるものを青白い光で照らしている。どうやら真の闇に脅えることはないようだ。
これからどうしようか……
途方にくれていた。
時折吹いてくる風は冷たく、中年の身体には堪える。
風を避けるようにして、大きな岩の影で縮こまる。
ああ、今頃、うちの奥さんはどうしているんだろう?
今年高校生になった一人娘は……
私が突然いなくなって、心配してるだろうな。
とりとめのない思いが浮かんでは消えていく。
私はここで野垂れ死ぬのだろうか?
私は確かに数時間前まで、大阪にある山田心療内科で精神科医として患者の診察に当たっていた。
患者の氷上さんと話していたはずだ。
彼女はいつものように、浮気癖のある夫への不満をまくし立てていた。
他にも患者がいたので、私は適当にあいづちをうち、話が途切れるのを待っていた。
同じ話ばかりを続けるので、集中力は少々失われ気味だったかもしれない。
だが――断じて意識は清澄だった。
あの時点で氷上さんが鈍器のようなもので私に殴りかかればすぐに気付いたし、ましてやデスクを挟んでの診療なのだから、回りこんでくる間にその攻撃は回避できたはずだ。
更に、私は精神的にいたって健康な状態であり、乖離症状などの既往歴もなかった。
私がこんなわけのわからないところに、移動する要因はどこにもないわけだ。
「おじさん、おじさん」
「ん、ああ……」
私は何者かの声に揺さぶられ目を覚ました。
「良かった、死んでたらどうしようかと」
「あ、あぁ… 」
「赤木と言います」
「や、山田です」
私は突然の来訪者に気後れしていた。
「はー助かった、人がいて本当に良かった、声かけようか迷ったんですよ、でも、このまま独りでこんな寂しいところでいるなんて耐えられない」
尚も彼女は感に耐えないと言った様子でまくしたてた。
「でも山田さんに会えてほっとしています、さっきまでびくびく――」
おき抜けの頭で思考が回らないが、彼女の甲高い声が洪水のように耳から流れ込んでくる。
よくしゃべる女の子だ。
セーラー服を着ているところをみると、この土地の原住民ではなさそうだ。
私はつい仕事の癖で聞き役に徹しているが、彼女と同じく興奮気味だ。
途方もない孤独と絶望に耐えていたのは私も同じなのだ。
彼女が止め処なく話す気持ちは痛いほど分かる。
しばらく、赤木さんは井戸端会議のおばさんのように一方的に話していたが、不意に口を手で覆った。
「あ、す、すいません、私しゃべりすぎですよね」
「気にしないで」
「本当すみません、いつもこうなんですよ、普段は抑えているんですけどね、こんな場所に一人いたからそれで、えーっと、そうだ、山田さんは日本から? 」
「そうですよ、あなたも?」
「はい、正真正銘の日本人ですよ、異次元人じゃないです、宇宙人でもないです」
「ということは、この世界に迷い込んだ同士になるね」
「はい! 」