主従。
「テリー最近元気ないじゃない?」
「そうかなー」
巫女さん姿のツン娘がテリーと向かい合ってテーブルを挟んで座っている。
白いテーブルの上には食べ物をよそった浅い小さめの皿が並んでいた。
たぶん、昼飯を二人で食べているんだろう。
その脇にはお盆を左手に持ち、侍立するかのように立っているあの少女がいた。
「ほら、おかず残してるし」
「あげるよ」
テリーが宙に浮かした朱色の箸を白い皿に置いた。
頭をうな垂れたまま、
「ごちそうさま」
と力なく呟くと、スツールを引いて立ち上がった。
「どこ行くの? 」
「ちょっと外の空気吸ってくるよ」
猫背でテリーは入口まで歩むと扉を開け外を出た。
ツン娘は凛々しい亜麻色の眉を吊り上げてはいるが、
入口を見据える瞳には不安と困惑が入り混じった色が浮かんでいる。
何だろう……
どういうことだろう……
俺はどういうわけか自失してしまっていた。
ぼんやりした頭の中に正体の知れない違和感が蠢いている。
何かが変だ。
何が変なんだろう。
虚を衝かれたとでもいうべきか。
思考が纏まらない。
それでも順繰りに今みた情景を頭に思い浮かべていく。
まず、思い当たったのは二人の横に立っていた少女。
何者なんだろう。
身じろぎせず、背をまっすぐ伸ばして二人を遠巻きに見ていた。
まるでウェイトレスのような立ち居振る舞い。
テリーかツン娘が連れてきたのか?
この世界に俺とおやっさん、この二人以外に人間は作った覚えないんだがな。
それにも増して奇怪な事が。
ツン娘の雰囲気がどことなく最初と違っていた。
なんていうか、角がとれたというか、
元気なさそうなテリーを見つめる様子が、汐らしく見えた。
恰も――
ん? ツン娘がカメラの視界から消えた。
俺はカメラの高度を落とし、ツン娘を探した。
いた。
扉のすぐ前で突っ立っている。
扉が開かれた。
まずい、閉められては……
カメラを大急ぎで外に移した。
「あんな奴の事忘れなさいよ! 」
「いや……それはできない」
「なんでよ! 」
「あのお方は私の主君だからだ」
語気を荒げて詰め寄るツン娘に臆する様子なく、
テリーは淡々と言いはなった。
きりりと濃い太い眉の下にある精悍な眼差しが、
押さえ込むかのようにツン娘の顔に置かれている。
その威風は、カメラ越しでも俺に十分伝わってきた。
俺は固唾を呑んで、その様子を見守る。
「そんなに心配なら、探しに行けばいいじゃない! 」
「できない、いつ帰ってこられるか分からないし、拓様の行き先も見当がつかないんだ」
「ふん、どうせ、遠くにいけやしないわよ、ここは荒野よ! ろくに食べ物もなく彷徨ってるんなら、行き倒れて死ぬだけよ、いえ、きっと死んでるんだわ! 」
おいおい、生きてるぞ……
「む~……」
テリーは目を伏せて、低く唸る。
む~……
テリーの俺に対する主従の誓いが、これほど固いとは思わなかった。
しかし、出るに出れないな。
テリーはともかく、ツン娘が怖い。
俺は二人のやり取りを見て、大体の事を理解していた。
テリーにツン娘は惚れているに違いない。
そして、主君の俺をいつまでも慕い、消息不明の俺の事に気を病むテリーにツン娘は苛立ちを募らせている。いや、俺に苛立っているはずだ。
こんな状況で出て行ったら、ツン娘の弾丸のような罵倒を浴び続けなければいけないだろう。
あぁ、どうしたものか。
俺は切り立った岩肌にぴったり背をつけ地に腰を下ろしていた。
とりあえず、懐から携帯を取り出した。
「み~つけた……」
その刹那、背後からしわがれた低い声がした。
面食らって振り返ると、そこには白装束の皺くちゃの老婆が宙に漂っていた。