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事情。

 愛ちゃんが引きこもった理由はいくつか考えられるが、一因に俺の彼女への配慮のなさが含まれているのも確かだ。

 例えばある日の朝食時の会話――

「この先どうなるんでしょうかね……? 」

 愛ちゃんはこの日酷く青ざめた顔で俺に尋ねた。

「こんな荒野でどうやって生きていけば」

「細かいこときにしないでいいじゃん」

 俺はその日腹が痛くて不機嫌だったので、彼女の気弱な発言が酷く耳障りに感じていた。

「そうはいっても……」

「おっと~、俺トイレ行ってくる」

 俺はそれ以上聞いていられなくなって、トイレを口実に彼女の話を遮ってその場を離れた。

 こういうことが何度かあった気がする。

 3日目くらいで分かったのだが、どうも彼女は神経質なところがありマイナス思考だった。最初のうちは、俺が連れてきた手前、愛ちゃんの不安を解消しようと前向きな発言を繰り返していたが、次第に俺もメッキが剥がれて来て、彼女の不安に真剣に向き合うことをしなくなっていた。

 それを彼女は敏感に察知したのか、一週間が過ぎた頃には食卓での会話は途切れがちだった。

 

 

 そしてさらに数日を経たある朝、ちょっとした事件が起きたのだ。

「お、おはよう! 」

 その日の俺は内省的で、これまでの不遜な態度を改めて彼女との関係の修復を図ろうと考えていた。

「今日もいい天気だね」

「そうですね……」

 愛ちゃんはテーブルにつくと、俯いて朝食を淡々と口に運んでいる。

 以前にもまして彼女は陰鬱な様子で会話を続けにくい。

 大体こじれた人間関係の修復をするには、どう声をかけたらいいのか分からなかった。

「愛ちゃんの卵焼きはうまいなぁ」

「そうですか……毎日毎日作ってますからね」

 愛ちゃんは抑揚のない口調で言った。

 なんか刺々しい。

「助かってる……」

「拓さんもたまには朝ごはん作ってみたらどうです? 」

「え、俺が? 無理だよ」

「作ろうって気もないんですね」

 少しカチンときたが、咽喉までせり上がった怒りの言葉を飲み込んで、

「仕方ないさ、できないものはできない、人にはそれぞれ役目ってものがあってね」

「拓さんは最近何かしてましたっけ? 」

「え……そりゃ、いろいろ」

「確かに魔法でいろいろ提供してもらっています、それは感謝しています、だけど……」

 愛ちゃんは感情を押さえ込むように一拍間をあけて、

「なんかこう、他人に対して、もう少し気配りとかあっていいんじゃないですか? 」

「え……どういう意味? 」

「それは、例えば、誰かが落ち込んでいたら、慰めの言葉ひとつかけるとか」

「かけたじゃないか! 」

「え……」

 

 俺はここで切れてしまって、後はもう……で最後に彼女は泣きじゃくって。


「う、うぅ、ほ、ほんと、ごめんなさい……言い過ぎました……う、ぅう」

 嗚咽をあげながらしゃくりあげている。

 端正な顔を両手で包んではいるが、端にはみ出た頬は真っ赤に染まっていた。

 俺はあたふたして慰めの言葉を探していると、彼女はいきなり立ち上がり、何も言わずに室内に駆け込んだ。

 

 ヒキコモリ生活の始まりだった。



「なるほどな」

「俺が悪いんです」

「うーん、拓君は悪くはないと思うよ、彼女も未知の世界の生活に不安を感じているんだろう」

「そうですね」

 これまでの話を聞いた高志さんは、落ち着いた様子で慰めの言葉をくれる。

「よし、とりあえず、俺の初仕事は彼女を部屋から外の世界に連れ出すことだな」

 眼鏡の奥の瞳は自信に輝き、彼の身体からは後光が差している――ような気さえするほどに頼もしさを感じた。


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