謎。
この前の俺はテンションが幾分ずれていた。
おやっさんの人の良さに心を打たれたものの、
二人で旅をするのは無理があった。
まぁ、旅といっても、俺の街を逍遥しただけなんだけどね。
30分足らずで息を切るご老体のおやっさんとの旅は相当気を使った。
本人いわく、スタミナがないらしい。
年など考えたことがなかったが、よくみれが深い皺が顔の随所に刻まれたその顔は、
優に齢70を超えていそうだ。
俺は彼の亀の歩みに歩幅を合わせた。
度々、彼のために休憩も挟んだ。
俺はそんな移動を繰り返しているうちに、老人介護を生業とする人間になったような錯覚を覚えた。
とても街の探索どころじゃない。
街にはまばらに人はいるが、皆どことなく表情が暗い。
時折、殺伐とした視線が肌に突き刺さる。
どことなく身の危険を感じ始めた頃には自宅に戻っていた。
家族には目もくれず、自室に走り中に入ると、内から鍵を閉めた。
おやっさんをミニマムで小さくして、押入れに寝かせ、その間、じっくりこの先どうするか考えた。
この状況を放って置くのは得策じゃない。
こんな何もない世界のど真ん中で、俺の街が孤立してぽつんとあっては、
街の住民は死を待つばかりだ。
そんな結論に達した後の俺の仕事は速かった。
あっという間に携帯を使って街を消去していた。
街が跡形もなく消え、荒野にぽつんと残された俺とおやっさん。
俺はおやっさんの事は好きだけど、旅の相棒としては適任者には程遠い。
だが、消去する気にはなれなかった。
家族は街ごと消えたが、彼等は現実世界では幸福な生活を送っている。
だから、この世界から消去するのに迷いはなかった。
しかし、おやっさんは、この世界にしか存在していない。
いわば、オリジナルな一人の人間だ。
無碍に携帯で消すなど、できようはずがない。
しかし、一緒に旅はできない。
そこで――
おやっさんには家を与えた。介護要員の老練でタフな女性を二人つけた。
もちろん、家の中には、食料や水が無限増殖する冷蔵庫や水道つきだ。
ついでに医療設備も家の中に拵え、常駐の医者もつけた。
ここまですれば、おやっさんは死ぬまで、あの家で幸せに暮らせるだろう。
俺のしてあげれる事は全部した。
心置きなく彼を置いて、旅に出れる。
事情を話しおやっさんに別れを告げた。
快くそれを受け入れた彼の目は寂しげだった。
家の入り口に立ち、手を振って俺を送り出すおやっさん。
その姿を振り返った時初めて、俺は彼に親近感を抱いた理由が分かった。
彼に死んだ祖父の姿を重ねていたんだ。
荒野をしばし一人彷徨った。
当て所のない旅に途方に暮れる――つもりはなかった。
行き先は既に決まっていたんだ。
俺の街をこの世界に召還した時、おやっさんは消えてなかった。
小型飛行機の方は消えていたけどね。
だから、まだテリーもツン娘もあの家もこの世界に存在してるはずだ。
飛行機で大分移動してたはずだし、街があの地域に被る事はないと思うし。
俺はテリーとの再会を果たすつもりだった。
かなり離れた位置ではあるが、テレポートの力があるので、
簡単に移動できるはずだ。
まぁ、そういうことで、彼が今どういう生活を送っているか、
興味が湧いてきたので、あの家に戻ってみようと考えた。
あれから一週間が過ぎている。
あの二人はうまくやっているんだろうか。
とりあえず、家のまん前だと外に誰かいれば見つかってしまうので、
家の裏手にあった岩影をイメージして飛んでみることにした。
頭の中に場所を思い浮かべ、脳にその意志を伝える。
ふっと体が軽くなった感覚がしたかと思うと、
辺りの景色がテレビのチャンネルを変えたかのように刹那に入れ替わる。
岩陰からそっと顔を出してテリー達の家を覗く。
あった。
銀色の円柱形の塔。
真昼の陽光を浴びて煌びやかに表面が光っている。
さぁ、どうするか。
まだあの中に二人は住んでいるんだろうか。
忠実さだけは並々ならぬものがあるテリー。
きっと、主人の帰りを待っているとは思うのだが。
ただ、一週間の間、留守にした理由を弁解するのも面倒だ。
それにあのツン娘もいるだろうし。
仕方がない。
俺は携帯を取り出した。
『俺の携帯の画面に、捉えたすべてのものをリアルタイムで移しだす、超小型の浮遊する、携帯で自由に操作できるカメラおくれ』
これを確定する。
……
ん? 見えないな。
小さすぎて目で捉える事ができないようだ。
携帯を見る。
ディスプレイの下にレバーのようなものがついている。
操作するために新しく携帯に備わったもののようだ。
ディスプレイに俺の顔が映っている。
操作に慣れよう。
右にレバーを倒すと右に景色がずれる。
左に倒すと、また俺の姿が映し出される。
上に倒すと俺の胸の辺りから首、頭、頭越しに見える荒野の風景へと変わっていく。
下はそれの逆。
前進は……あぁ、レバーを押すようだ。
斜めは……
一通りレバーをいじって大体の操作は分かった。
よし、動かすぞ。
塔の入り口付近にアイを移動させた。
このカメラはアイと名づけた。
それはいいとして、外の外壁と同じ色の扉。
四角く金色の枠で縁取られているのですぐに判別はつく。
家の前に人気なし。
もう少し後方に退いて、全体像をカメラに収めよう。
確か窓があったはずだが……
うーん、ない。
外からは窓の存在は確認できない。
しかし、俺の部屋には確かに窓があり外の景色を見ることができた。
外の日差しが部屋の中を照らしていたはずだ。
どうやら……あの窓はマジックミラーと似た性質を持っているらしい。
窓枠と壁の隙間からカメラを進入させようかと思ったんだけどな。
入り口の扉は床や壁と寄木細工のようにぴったりと密着していて、
隙間がなく入れなさそうだったんで。
あぁ、どうすっかな。
そうだこうしよう。
よし、携帯だ。
『カメラに投石機能付与』
確定。
おっけーだ。
携帯に黒と白のボタンのようなものが新しく追加された。
黒を押してみる。
……
何も起きない。
たぶん、発射ボタンだ。
白を押す。
お、カメラの前に地面の小石が浮かび上がる。
カメラを振ってみると、小岩もカメラが映す四角い枠の視界の真ん中に位置しようと宙を泳ぐ。
よし、分かった。
扉の前にまたカメラを移動させた。
カメラの角度と高度を調整しながら、小岩を当てる場所に照準を合わせる。
俺は深く息を吸い込み息を止めた。
黒いボタンに親指をかける。
発射!
小岩が残像を残してカメラの視界から消えたかと思うと、
甲高い金属音がカメラを通して俺の耳に鳴り響いた。
扉の辺りに小さな砂煙のようなものが舞っている。
小岩が衝突して砕け散った残滓だ。
どうだ……あれだけの物音だ。誰か人がいれば出てくるはず。
お、扉から今何か音がした。
少し外側に開いている。
それを見咎めた俺は、カメラをすーっと扉に近づけ隙間から建物の中に入れた。
カメラの視界は赤で覆われている。
扉を開けた主の衣服が映っているんだろう。
カメラをすかさず上空に移す。
え……?
俺は上からカメラが映した人影に目を見張った。
おかっぱ頭に、赤い着物、紫の帯を巻いた少女らしき姿がある。
扉を大きく開けて、外を覗き見て頭を左右に用心深く振っている。
傍らの壁にかけた、ぬけるような白さが際立つ小さな手。
日本人形のような繊細な黒髪と襟ぐりの隙間から覗く白皙のうなじ。
その姿はあのツン娘の容貌とは全く異なっている。
一体この娘は誰だ……?