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漲ってきた。

 


 時間が経つに連れて、ある程度、認識違いがある事に気づいた。

 まず、テレビの電源がつくという事は電力は途絶えていない。

 電話や携帯はパニックになった住民が、知り合いや親類にひっきりなしに、

 連絡するから、繋がりにくくなってはいる。

 しかし、インターネットは部分的に生きているようで、いち早くメールで市民達の間で情報交換が為されていた。そのおかげで、早い段階で人々に情報の伝達がスムーズに行われていた。市のホームページにも現況が画像つきで紹介されている。まぁ、当然と言えば当然。別に市に大地震が起きたのでも、建物が崩壊したわけでもないのだ。市内のライフラインや情報網は生きている。貯水池はこの市にもあるし発電所もあるが、電力はともかく、この市の貯水池だけで市民の生活に必要な水を全て補えるかは甚だ疑問だ。それに、他の都市からの流通が途絶えた以上、市内にある食糧だけでは不足する事は確実だ。やはり目下のところ、逼迫する問題は食糧だろう。そして、何より――こんな状況になっても、日本政府や他都市からの救援は絶対ないと言える。

 

 本当ならこの絶望的状況を導いた俺は、市民のために何らかの善処を行う義務がある。しかし、俺はいづれ何とかするにせよ、今それを行う気は更々なかった。俺は故意にこの状況を作り出したわけではないが、期せずして、稀有な状況を作り上げる事ができたのだ。俺は好奇心が芽ばえていた。人間は突発的且、極限の境遇において、どういう行動を取るのか、それを確かめたくなっていた。そこで、しばらく成行きを見守ってみる事に決めた。


「母さん、えらいことになったな」

「ですよね~」

 黒縁の眼鏡をかけた父、宏。

 白髪交じりの黒髪、額は広く、鼻筋は通っている。

 顔だけ取れば十人並みではあるが、性格は鷹揚にして頑健、家族の大黒柱であり頼りになる父親だ。

 父の会社は市外にあり、当然、会社との連絡もつかないでいた。

 母が働く市内のスーパーも、こんな状況では店を閉じるしかなく、ここ3日間は家に入り浸りだ。

 しかし、そろそろ一家の食糧も底を尽き始めている。

「市長の話だと、どうやら、職員と警察を伴って果ての世界の探索調査に乗り出すらしい」

「そうなんだ、大変ねぇ」

「荒野が広がってるらしいからね、は~しかし、何でこうなったんだろうな~」

 親父は太い眉を寄せて深い溜息をついた。

 母は茶を啜りながら、居間のガラス窓から暢気な顔で外の庭を眺めている。

 庭にはシマトネリコ、ソヨゴといった常緑樹が垣根の傍に植えられていて、手前にあるレンガに囲まれた花壇には素朴な美を湛えるマーガレットや、鮮やかな青紫が目に映えるムスカリなどが咲きほこっていた。


 俺は一旦家族を居間に残して自室に戻った。

 岩倉源二こと、おやっさんは押入れに住んでいた。

 だが、そのまんまの姿では家族に見つかってしまう。

 仕方なく、俺はある特殊な能力を自らに付与した。

 能力名、ミニマム。人差し指を対象に向けて小さくなぁれ! と唱えれば、

 対象を小指大の大きさに縮める事ができる特殊能力だ。

 俺はこっそり、昼食の残りをサランラップに包んで自室に持ち込んでいた。

 無論、おやっさんのエサ……もとい、昼食だ。

 以前どっかで買った招き猫の置物の下に敷かれた座布団を引っぺがし、

 それを俺の部屋のテーブルに置いて、おやっさんに上に座ってもらった。

 面倒なので、大きめの木のサイコロをテーブル代わりとした。

 サイコロの上に広げられたラップにはごちゃ混ぜの食べ物がひしめく。

「美味しい? 」

「ええ! 」

 箸などあるわけないので、手づかみで食べてもらっている。

 おっと、飲み物忘れた。

 俺は急いで部屋を出て一階へ下りる。

 台所に行き、番茶を小さなカップに入れた。

 もちろんスプーンも忘れない。

 おやっさんの前にお茶を溜めたスプーンを差し出して啜って貰うつもりだ。

 一段飛びで音を立てて階段を上り、部屋の扉を開け放つ。

「ただいま~」

「ぎゃああ、助けて! 」

「うぉ! どうした」

 部屋に入るや、おやっさんがしわがれた声で悲鳴をあげていた。

 見ると、家で飼っている猫ちゃんが、おやっさんの昼食を食べ終えてラップを、

 赤い舌で舐めているところだった。

 テーブルの隅にまで逃げて、猫と最大限の距離を保つおやっさん。

 背後は崖だ。落ちたら只じゃすまない。

 俺は慌てて猫ちゃんを後ろから抱きかかえる。

「ふーちゃん、いつの間に入ったんだ」

 飼い猫ふーちゃんは、大きめの白い猫だ。

 彼は俺に抱きかかえられながら、好奇に満ちた瞳でおやっさんを見下ろしている。


「さいなら」

 ふーちゃんを廊下に出して扉を閉めた。

「ごめんな~おやっさん!」

「はぁはぁ、い~え、き、気にしないでください」

 猫がいなくなって安心したのか、テーブルの表面にずるりと、くず折れる。額の玉の汗を白いハンカチで拭っていた。怖かっただろうなぁ。ラップの食べ物が尽きてたら……もう少し来るのが遅かったら、ふーちゃんの凶悪な爪を受けて深い傷を負ってたかもしれない。

「解除! 」

 元の姿に一瞬で戻るおやっさん。

 テーブルがおやっさんの重みで軋む。

 脚立が貧弱なんだ。

 俺はおやっさんの背後に周り、両脇を抱えてテーブルから下りるのを手伝う。

「あ、有難うございます、拓様」

「いや、本当悪かったよ」

 おやっさんは、あれだけの思いをしても好々爺のような笑顔を絶やさない。

 後ろめたい気持ちが、良心に刺々しく迫ってきて俺を咎める。

 だが、同時におやっさんの屈託ない笑顔が別の思いを俺の中に植えつけていた。

「なぁ、おやっさん! 」

 俺は親密な響きを声に乗せて言った。

「はい」

「未開の地を旅してみないか? 」

 後ろ暗い感情を払拭したいという利己的な心からそう言ったわけではない。

 おやっさんと一緒に旅をしたいという自然な思いが口を衝いたのだ。

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