息抜き3
ちょっと長く書くためにだらだら展開するかもしれません。
俺はピエールに誘われるまま走り続けた。
後方から確かに何かが追ってくる気配がある。
振り向いてその存在を確かめたかったが、その衝動に駆られる度にピエールは掴む俺の右手を強く引いた。
「なんなんだよ」
「…………」
ピエールらしき男は答えなかった。らしきというのは、未だ月影も射さない暗い闇にあって、彼の顔を確認できていないせいだ。声を聞いた瞬間だけはピエールだと思ったのだが、何せ人間の記憶というものは曖昧だ。過去に彼と共有した体験や時間も、時の経過とともに薄れてしまっている。記憶の中にあるピエール像は平らに引き伸ばされ、脳内で虚飾や脚色を加えられ変容していてもおかしくはなかった。
「どこまでいくのかな……」
彼の走る速度が徐々にだが落ちてきていた。
それを見計らっていくつか質問を並べ立てる。
「なにに追われてたんだろうな」
相手を刺激しないように、蚊の鳴くような声でぼそぼそとささやく。
「ここまでくれば大丈夫でしょう」
急に立ち止まった彼は、俺の右手から手を離す。
高い木々がまばらにみえるこの一帯には月明かりが差し込んできていた。
その光を帯びて、ピエールは神々しいまでの素顔を俺に向けて微笑んだ。
「ピ、ピエール……やはりお前か」
「お久しぶりです、拓様」
金髪の貴族然とした風貌の男はまさしく過去、幾多の危険をともにした従者ピエールだった。
ジュストコールの上衣、ジレ、膝丈のキュロット、どれも見覚えのある服装だ。
「相変わらず眠そうな顔してるな」
「はは……目が細いだけですよ」
「ピエール! 」
俺は再会の喜びに我知らず彼と抱擁を交わしていた。
涙がとめどなく溢れてくる。
「どうされたんですか? 」
俺は答えなかった。
今は何も考えずピエールの存在だけをかみ締めていたい。