浅慮。
俺は何にも分かっていなかった。
住んでる地域だけを削ってこの世界に貼り付けるという事が、
どういう事を招くか、まるで分かっていなかった……
家を一歩出て路上をしばらく歩いているうちに、
街の様子の異変に気づいた。
歩道を歩いていると、三々五々と集った人々が何やら話している。
彼等の表情は至って深刻で、動揺の色がありありと浮んでいた。
歩道に沿うように走る車道は、この時間帯にしては車でごった返している。
「うわ……」
俺とおやっさんがマックの店舗近くにくると、大勢の人達が店を取り巻いている。
一重二重の群集の囲いは堅牢だ。
入っていく隙間もないくらい。
一体何が起きてるんだろう?
「おやっさん、ちょっと何が起きてるか聞いてきてくれないか? 」
「いいですよ」
おやっさんはラフな白いポロシャツとジーパン姿をしている。
おばさんらしき人を捕まえて話を聞いていたが、すぐに戻ってきた。
「拓様! 」
「どうしたの?」
「えーっと、この〇×市以外が突如、全て荒野になっているって噂が飛び交ってるそうです。それにテレビもネットも見れないし、携帯も電話も繋がらないとか。でも実際、この市の果てを見に行った人は、周りが何にもない荒野であるの確認したらしくって、その事実が口伝えで広がってるらしいです。
それを信じた住民の方々が、慌てて食料確保のために食品関係の店へ殺到しているらしいです」
「なんだって」
「もし周りが荒野だとしたら、この地域外からの流通が全く途絶えてしまうことになるので、何れ食料がなくなるとか、慌てた人々がパニック起こしているようです」
「しまった……」
俺はとんでもないミスを犯してしまった。
まずいな。
深く考えていなかった。
興味本位で実験的にやった事だけど、現実世界の一部をそっくり異世界の荒野に、
運べば、当然、ライフラインや情報網が崩され、そこで暮していた人の生活が脅かされることになる。
こんな事に気づかなかったのは、所詮仮想空間に作った擬似地域だと俺が軽んじていたためか。
このままだと略奪とか始るのも時間の問題だな。
自宅が心配になり急いで戻った。
おやっさんを外に待たせて家の門を潜る。
「拓! 大丈夫だった!? 」
「うん」
玄関の扉を開けると青褪めた顔で母が俺を出迎えた。
母は肩までの茶髪を後ろで束ね、グレイのスカートに白いブラウスを着ている。
顔には汗が滲んでいて、息が少し荒い。走って帰ってきたんだろうか。
ただ、俺の顔を見て、安堵したかのように深い息を漏らす。
「母さん、びっくりしたわよ、パート行こうとしたら、路上に人だかりすごっくてね、話聞いたら、こんなことになってるでしょ、パート先に電話しても繋がらないし。本当びっくりしたわよ」
「だよね」
「拓、お、落ち着いてるわね」
俺は母の狼狽ぶりに反して冷静に受け答えをしていた。
「隣の奥さんとばったりあってね、話してたら、今のうちに食料や水集めたほうがいいわよって。だから、急いでパンとかレトルトパックとか、飲み物、買い込んできたわ」
肩を押されて、台所に連れられると、確かにダンボール箱に1ダースのミネラルウォーター、パンや、
おにぎりやらの入ったビニール袋が、テーブルの上に散乱していた。
すっげぇ荷物、これ全部母が運んだのか。
「重かったでしょ? 」
「火事場の糞力って言うの? 母さんもパニックなってたけど、何とか食べ物確保しとこうって」
頼りになる母だ。
「拓、この後、どうしようか」
「焦っても仕方ないし」
「そ、それもそうね」
大きな目を瞬かせ、深呼吸をして胸を上下させる母。
そして、テレビをつけるが、
「やっぱりテレビ映らないわね」
画面には砂嵐がざわめいているだけだ。
「そりゃ……」
この世界には衛星もないし、映るわけない。
「あ、そう言えば父さんは?」
「もうすぐ帰ってくると思うんだけど……携帯も通じないの」
母が不安げにテーブルに視線を落とした。
なんか面倒な事になってきたな……