76の続き。
今の話が少し行き詰ったので、前の話の続きでも。
2階の一番奥にある部屋は南向きで、青い戸口のすぐ隣には大きな格子窓が嵌っている。
管理人が眉根を寄せて神妙な顔を真琴に向けると、彼女は促すように頷いた。
「でわ、開けますが、私は入りませんので」
「大丈夫です、後はお任せください」
真琴の言葉と微笑みにほっとしたのか、管理人は突然、若返ったかのようにきびきびした動きで鍵穴に鍵を突っ込む。ガチャガチャと金属質の音を立てた後、呪われた部屋の扉は開け放たれた。
「はい、鍵どうぞ。出る時はちゃんと閉めてくださいね! 」
「あ、はい、わ、分かりました」
真琴に危険物でも手渡すかのように鍵を押し付けるとすぐに、管理人は夏の日差しをはげ頭で照り返しながら早足でこの場から去っていった。
室内は六畳一間のスペースながら、何も家財用具が置かれていないため広く感じた。
南向きの大きめの窓から、熱気を帯びた陽光が遠慮なく室内を焼いていた。
「暑いよ~死ねる……」
「さすがにこれは……ちょっと窓開けるね」
真琴が頬に伝う汗を白いハンカチでぬぐうと、窓に手をかけた。
たてつけが悪いのか、幾分力みながら窓枠をガタガタと揺らしている。
「窓壊すなよ……」
窓を潰さん勢いで力む真琴を見かねて、輝に顎で合図を送る。
「真琴さん、代わって! 」
「あぁ? あ、うん、お願い……」
「ほら、開いた」
鼻息あらい顔真っ赤な真琴に代わった輝は、事もなげに窓を開け放った。
室内に外の風が舞い込むと、幾分熱気は和らいだような気がする。
「で、容疑者はどこにいるんだ」
「うーん」
三人三様、狭い室内を歩き回り異端の住人を探す。
中はがらんとしていて、すぐに見つかりそうなものだが。
部屋の四方を覆う漆喰の壁はもとは真っ白だったに違いないが薄墨色に汚れていて、このアパートの年輪の深さを思わせる。
「だー! この暑いのに、もうー、どこにいやがるんだ」
「こっちこっち! 」
俺が畳の上で地団太を踏んでいると、台所の方から真琴の声が届いた。
板間のこれまた狭い台所にやってくると、
「どこにいんだよ! 」
「兄貴足元! 」
「あぁ? 」
暑さに幾分イラついた声で視線をおろすと、流しの傍に黒い影が蹲っていた。
「お前はゴキブリか……」