朝。
自室で迎える朝はやはり快適だ。
窓を覆う水色のカーテンから淡く漏れる陽射し。
俺の匂いが染み付いた柔らかい掛け布団。
木目のある壁に押しピンで留めらたカレンダー。
部屋にある全ての物から安堵を感じる事ができる。
昨日は学校行ったまでは良かったが、
特に目新しい発想が浮かばなかった。
ただ全く何も浮ばなかったわけじゃない。
色々考えて、一つは浮んだ。
実際、それを携帯で実行しようか考えた。
だが、その結末の虚しさがすぐに頭をよぎって不成立。
この世界に貼り付けた現実の俺のいる場所そっくりの地域で、ありふれた願望をなしえたとしても、残るのは言い様のない虚無感だけだ。それはあたかも、オンラインゲームで途方もない時間を使って、お金を溜めたり、ほしい物を手に入れたりする行為と似ているかもしれない。決して現実世界には反映されないものだ。そんな事のために、俺はこの世界を作ったわけではない。飽くまで現実世界では体験できない奇抜な展開に身を委ねるのが目的だ。
靴下は~っと。
押入れを開ける。
ここには衣装ケースが段々に重なって置いてある。
靴下や下着類はこの中に収められていた。
洗ったばかりの白いソックスとパンツを取り出した。
フローリングの床に座り込んで、パンツを履き替え靴下を両足に被せていく。
きっちり引張って足に馴染ませると、気だるい体に鞭うって立ち上がる。
そして、押入れを閉めようとした。その時だった。
何か押しいれの奥の方で音がする。
ん? この空気が漏れる様な音は一体何だろう。
ふしゅるる~ふしゅるる~って。
俺は押入れの奥の影にそろりと視線を這わせた。
この見慣れた形は……人間の足!?
驚いて、慌てて後退りした。
だ、誰か、押入れにいる……
ど、泥棒か?
俺は慌てて部屋の隅に立てかけられた金属バットを手にした。
そして、わななく足をゆるりと前に押し出し、押入れの前でバットを振り上げる。
大上段の構えのまま、反対側の押入れの扉に親指を引っ掛けゆっくり開いていく。
あ!? お前は……
俺は押入れに眠る男の顔を認めて、急激に体中の強張りを解いていった。
「拓様、ここは? 」
「俺の部屋だよ」
白髪交じりの中年の男、岩倉源二、小型飛行機の操縦士だ。
茶色の腹巻に白いランニングシャツ、青と白のストライプのパンツ。
それに裸足!
典型的なオヤジルック。しかも少々時代がかっている。
腹巻してる人間って今時珍しいよな。
どうやら、世界が上塗りされても、元いた人間は消去されず残っていたようだ。
「おやっさん、取りあえずこの部屋で大人しくしておいてくれよ」
「は、はい」
言い置いて、部屋を出て扉を閉める。
そして、俺の父ちゃんの部屋へ走った。
部屋に入ると、誰もいなかった。
壁掛け時計に目をやる。
時計の短針は9時を回っていた。
父は会社に出かけ、母はパートに行ったようだ。
GW明けの木曜日だからな。
俺も本当なら高校へ着いていないといけない時間だ。
でもまぁ、仮想世界だしなんとでもなるだろう。
あっと、言い忘れていたが、俺がこの世界にいる間、現実の世界もしっかり時間は動いている。
俺がこの世界で動き出すという事は、オンラインゲームのログインと同じようなものだと思って欲しい。この世界にいない間は通常の生活を送っている。 ただし、内の世界の時間は適当で、ログインした時、その始まりの日付時間は俺の一存で決める事ができる。夜の時間帯だろうが、朝だろうが、一週間先だろうが俺の気持ち一つだ。
話が脱線したが再開。
俺は父の普段着のズボンと半そでを取りに来たんだ。
衣装箪笥を開いて、おやっさんに合いそうな服を見繕う。
サイズが合わないと困るので、ベルトも持っていこう。
ぶかぶかなら無理やり絞ってやる。
あ、窮屈ならどうしよ。うーん、ままよ! 面倒くさい。
俺はいくつか父の衣服を小脇に抱えると自室に戻った。
「おぉ、合ってるじゃん」
「はい、ピッタリですな」
おやっさんは、顔を綻ばせてはいるが些か照れ臭そうにしていた。
あまり身につけたことのない衣服に、違和感のようなものを感じているんだろう。
「家にいるとさ、色々まずいんで、他へ行こうか? 」
「え、はい」
「腹も空いてるだろうし、朝マックでも行こう」
そういうことになった。