なめんな!
なるほどね。
彼女は魔族と人間のハーフだからあんなパワフルなんだ。
見た目人間に近いんだけどね。
彼女の一族は皆、表面上は人間の姿をしているが、内には魔族の血が流れていて、
人間に見えても、腕の力が発達していたり、視力が異常に良かったりするらしい。
ただ、ハーフといっても、街を見渡せば分かるがいろいろだ。
頭だけ牛のような顔で、その下は全部人間のパーツでできているとか、
蛇のように地べたをぬめぬめと這うが、その体の側面から両手が生えてたりとか、
魔族と呼ばれる異形の民族の特徴が顕著に現れている人たちもいる。
「しかし、ここの街ってなんか寂れてない? 」
「そうかしら」
イストの街の景観はお世辞にも美しくもなければ、整然としてもいなかった。
木材を利用した家々が多い。
これはイストの伝統的家屋なのだろうか。
まぁ、形は微妙に変わっているが、さすがに俺の携帯からできただけあって、創造力貧困からくる平凡な家々が立ち並んでいる。三角屋根とか、平屋根とか、レンガ造りとか、和洋折衷な造りが混在している。
「はー悩ましい」
「何が? 」
「いや……」
説明しても彼女に俺の悩みなど伝わるわけがない。
俺は彼女の木造三角屋根の家のテラスにある椅子に座って、街を見渡しながら頭を悩ましていた。
一応勇者が魔王を倒す話でいいやみたいな設定で作った世界がここなわけだけど、俺は一体どうすればいいのだろうか。
仮面を被っていたから勇者であることは確かなはずだ。
そして、魔族の国フレには魔王は実在するらしい。
しかし、俺は魔王とやらと面識もなければ、倒す理由も今のところ見つからない。
倒せる実力もたぶんない。
となると、何から始めれば……
一応世界を作って目的が設定されているのなら、何かしなければいけないはずだ。
「ヤドカリちゃん」
「なーに? 」
「俺何すればいい? 」
「ん? また変な事聞くわね」
彼女は給食のおばさんみたいな、白い頭巾を頭に被って純白のエプロンを身につけている。
さっきまで晩飯作っていたのだ。
「家事の手伝いでもしたいの? 」
「いや、したくない」
「したいと言われてもさせられないけどね」
彼女は珍獣を見るかのような視線を俺に注いでいる。
この子どこから来たんだろか、ガキくさいから、どこかのボンボンかしら。
そんな声が聞こえてきそうなくらい雄弁な瞳で俺を穴が開くほど見つめている。
困ったなぁ……俺もどうすればいいのか。
「そういや、その首に巻いてある紫色をした首輪、綺麗ね」
「そうかい? そんな物してたのか」
首の辺りを弄ると、確かに金属質の首輪みたいなものをしていた。
「何だろうねこれは」
「あなたがつけたんでしょ、それも覚えてないの? 」
「あぁ、知らない」
どこからか、ひんやりとした風が俺達の間を吹き抜け、しらけた静寂を運んでくる。
彼女は呆れたように頬杖をつきながらも、何かを考えている様子。
だけど、その表情は次第に強張ってきていた。
警戒するような、俺との距離をあけるような、尖った顔つきに変わりつつあった。
「私考えたんだけど、あなたの身なりだけ見てると、結構なお家柄の人間だと思うのよ」
彼女はふいに身を乗り出してきて、目に鋭さを増して続けた。
「だから、そろそろ吐きなさいよ、いい加減本当のことを 」
「何が? 」
「しらばっくれても無駄よ! 」
「何言ってんだおめーは」
彼女の態度が急激に硬化したので、吊られて地のきつめの口調が飛び出た。
だが、挑むような目つきで尚も彼女は怯まず言い放った。
「あんたダルのお偉方の密偵かなんかでしょ、何か情報集めにきたんじゃないの? 」
俺は……勘違いをされている。
いや、勘違いというか、この露骨に怪しんだ目には敵愾心のようなものが窺える。
つまり、思いっきりスパイ認定されている。
「どうなの! 」
「…………」
俺はその詰問に不可解な気分を抱いていた。
なんでこいつはこんなに偉そうなのかと。
俺がダルという国の密偵だったらどうなんだ?
もしそれが事実だとしたら、植民地に来て何しようが勝手なはずだ。
そうだ、彼女が俺をダルの人間と考えるなら、俺に対してこんなに強い態度でいるのは可笑しい。
そして、俺は何も縮こまる事はない。
「ハハハハハ、君は些か想像豊かな娘だな」
「え……? 」
彼女は身を引いて、ガタっと音を立ててスツールに身を落とした。
俺の豹変に計算狂ったみたいな顔してやがる。
ここは推すところだ。
「貴様、俺を誰だと思っているんだ!? 」
「え? え? 」
水戸黄門なら、ここで印籠を見せるんだろうけど、
「勇者の中の勇者、五聖に名を連ねる拓将軍様だ、娘よ頭が高いわ」
え?
「まさか、そんな!? 」
「拓将軍様にかかれば、お前なぞ一瞬で鼻くそみたいに飛ばすこともできるんだぞ、分かってんのか小娘! 」
俺は少し前から話していない。
この溜飲が下がるような、気持ちのいいセリフを放つのは俺以外の誰かだった。