どーてー
彼女の名前はヤドカリに決めた。
「君の名は今日からヤドカリだ」
「何それ? 」
「知らなくていい。だけど、君はこれからヤドカリだ、よろしく」
彼女は首を傾げながらすぐには答えなかったが、俺が微笑み手を差し出すと強く握り返してきた。
オーケー。ヤドカリ成立。
俺達はテントを飛び出した後、砂嵐の中を当て所もなく彷徨った。
砂の海に足を取られ、追っ手の追跡をきにしながら、やっとたどり着いたこの場所。
眼前に茫漠たる黒い水面が横たわり、小波の音が夜の闇にこだまする。
潮の香りが風にのって匂い、潮騒の音が耳の奥で砕ける。
目の前に広がる水溜りは海にしか見えなかった。
背後を振り返ると月明かりに照らされ、青白い闇にぼんやり小屋の群も見て取れた。
海、砂浜、家々から連想するに、ここはどこかの漁村のようだ。
だが、その風景を見てもにわかには信じられなかった。
砂嵐が吹くような、たぶん、砂漠と呼ばれる場所を闇雲に歩いて、海に辿りつけるものだろうか。そんな疑問は最初俺を困惑させたが、まー、俺の創った世界、どんな理不尽だって同居できるだろう。そう開き直って、途中から詳しく考えない事にした。
俺は取り合えず、周りを見渡して人気がない事を確認すると、
「さて、ヤドカリ」
「はい」
俺は放ちかけた言葉を飲み込んで喉を鳴らした。
その空嚥下の音は彼女に聞こえたに違いない。
彼女は俺の心の内を察しているらしく、真顔になっているだろう、俺の顔の接近を拒もうともしない。
鼻息だって荒いし、息も荒いのに、手でそれを押しのけようという素振りを見せない。
本当になんでもしちゃうよ、いいのか? 本当にいいのか!?
半分諦めたように目を硬く閉じて、その状況を受け入れようとする彼女に目で問い続ける。
「はは、冗談だよ」
「えぇ……」
「何かすると思った? 」
俺は彼女の両肩に触れていた手を静かに離して立ち上がった。
そして、今にも流星となってこちらへ降ってきそうな明るさの星々を抱く夜空を眺める。
「正直……」
「見くびられたもんだな」
歯の浮くようなセリフを言った後、俺は背筋に這い回る冷気の存在を感じていた。
ぞくぞくとした、例えようのない快感と嫌悪が渾然一体となって俺の体を内から突き上げる。
今すぐにでも海に飛び込んでしまいたい、そんな高ぶりを抑えながら彼女の反応をじっと待つ。
タッタッタッ。
静まり返った砂浜を掛けていく彼女の軽い足音が聞こえって――え?
「バイバイー! ありがとねー! 」
「ちょっとまてや! 」
俺は彼女の後を全速力で追ったのは言うまでもない。