おわり。
俺は生まれて初めて敗北を味わった。
あの後、大男を外に連れ出しタイマンに持ち込んだまでは良かった。
だが、相手が悪かった。野卑な風貌から侮っていたが、奴は只者ではなかった。
あの男がその巨躯を屈むだけで悠々と店の中に入った時、可笑しいとは思ってはいたが、
まさかあのような魔術を使おうとは――
俺は、変幻自在に体を伸縮、膨張する奴の前では赤子も同然だった。
剣の切っ先は悉く空を切って奴に掠りともしなかった。
それならばと、剣術から魔術へシフトしようとした間隙を奴は見逃さなかった。
奴の長く伸びてきた右ストレートを受けたところまでは覚えている。
だが、次に目が覚めたときは俺は地に伏せていて、奴の姿はどこにもなかった。
その後、敗北の辛酸をかみ締めながら、町外れの暗闇で呆然と夜風に当たっていたが、不意に胸騒ぎがして立ち上がった。俺は奴との戦いでダメージを負った体を引きずりながらも、セルフィーを探しに元いた店に戻る事にした。そして、あの店にたどり着いてみれば、あれほど明るかった大通りは暗く閉ざされていた。店は既に鎧戸ががっちり閉じられてどこも開いていない。人影もまばらなうら寂しい大通りを、しばらくセルフィーの姿を求めて彷徨い歩いたが、彼女の姿を見つける事はできなかった。
時間が遅いから宿屋に戻っているのかもと微かな希望を抱いたが、やはりそこにもセルフィーはいなかった。部屋のベッドに腰掛けて、せわしなくセルフィーの行き先に思いを巡らしていると、ふいに嫌な予感が胸の底から湧きあがってきた。
まさかあの男に浚われたんじゃ――
俺はセルフィーにタイマン前にあの店でじっとしておけと命じていた。
だが、もしかしたら俺の言いつけを破って、あのタイマンの場の近くで俺達の戦いを見ていたのかもしれない。そして、俺が地に伏せたのを見て、木陰から飛び出してきたのかも。
もしそうであるなら、慌てて飛び出してきた拍子に被いが頭からずれて顔が露出した可能性もある。
大男はそれを見て、あの美貌だ。良い女じゃないか、俺のスケにしようってことになって、浚っていたのやもしれぬ。これは俺の想像に過ぎないが、とはいえ、事実、その夜彼女を見失って以来、何ヶ月も彼女の消息は杳として掴めなかった。
俺は方々彼女を捜し歩いたが、ついに金が尽きたと同時に心も折れてしまいセルスタイン家に戻ることにした。そして、煩悶と彼女の消息を日々案じながら3ヶ月の月日が経ったころ――手紙が届いたのだ。
真っ白な羊皮紙にはこう書かれていた。
「ピロ様、お元気ですか――中略――」
送り主の名は書かれていなかったが、文面の最初を見てそれがセルフィの筆致であることが分かった。
手紙の内容を掻い摘むとこうだ。
ある男と幸せに暮らしているのでこちらにはもう戻れない。その男とは、やはり俺が予想したとおり、あの夜俺とタイマンした男だった。あの男はさるやんごとなき身分の人間で、野卑な見かけによらず性格は温和で、あの日も姉思いの彼は、夜道は何かと危険だといって、あの街へ買い物に泊りがけでかけた姉に付き添いでやってきていたらしい。
だが、あの時俺に喧嘩を売られて、少々戸惑ったらしいが、売られた喧嘩は理由はともあれ買う主義らしく、俺をタイマンでしとめたのだが、さすがに気まずくなったらしく、その夜のうちに姉を連れて馬車で自分の家へ引き返そうとしたのだが――
「な、女なんて皆こんなもんだよ、兄貴」
「しかし、信じられん、あのセルフィが倒れている俺を見捨ててあの男に哀願してついていったなんて、そんな馬鹿な話が! 」
「いや、事実を見ようよ、セルフィはずっと兄貴から逃れたかったんだよ。あの夜はその絶好のチャンスだった。兄貴は2年の間彼女を理想の女になるよう教育しようとしたけど、彼女には重荷でしかなかったに違いない」
それだけ言うと、マルコはうろたえる俺の震える肩に手を置いて、
「諦めな……」
「そんな馬鹿な~~~! 」
俺の絶叫の声は夕暮れの空に吸い込まれ、勇み足で駆けていくちぎり雲に運ばれていった。
その後、俺が以前にもまして、女を信じられなくなったのはいうまでもない。
様々な謎を残していますが、一応オチがついたということで……