ぶち殺す。
「爺ちゃんも諦めてたな」
「まぁ、ピロ様の事はマイル様は一番良く分かってらっしゃいますから」
「引き止めても無駄ってか? まぁな! 」
リーズはジルから北東3000キルティの位置にある。馬車では軽く見積もっても1ヶ月はかかる道程だ。直線コースを辿れば、もっと時間を短縮できるのだが、それにはバルー山脈を越えねばならない。しかし、そこは急峻な山々が連なりとても馬車では超える事はできないので、山の麓付近からリーズへ繋がる迂回路を通って行く他なかった。といっても、その麓までも結構な距離がある。
「それにしても、最近、山賊や盗賊が出るらしいですよ」
「あぁ、分かっている、その点は万全だ」
できるだけ街を経由していくコースを最初から地図で確かめてある。ならず者の襲撃に遭わないために、わざわざ整地された人通りのある道を走る事に決めていた。
「ザンルって賑わってますね」
太陽が西方の山並みに傾き空に赤みが差してきた頃、宿泊する予定の街へたどり着いた。
「あぁ、ここは宿場町だからな、三つの街道が交差する場所だけあって、旅人や巡礼者、商人、その他諸々の往来が激しい街だ。今日はここで一泊するぞ」
「はい、分かりました、ふー暑い」
彼女が頭の被いに手をかけたとき、
「待った! それは脱ぐな」
俺は慌てて彼女の手を握って被いを元に戻した。
「すみません、でもこの服装暑くって」
セルフィーには顔から足先まで覆うこげ茶色の襤褸を着せていた。ほっかむりの襤褸は顔の辺りだけ開いているが、その部分にも紫色の薄いヴェールを垂らしている。
「分かっている。だが、もう少し我慢してくれ」
「はい……」
これは言うまでもなく、セルフィーの虫除け対策だ。ジルでも外を歩けば人が振り返る美貌の持ち主だけに、こうして襤褸で覆っておく必要があった。とはいえ、このままじゃ可哀想だ。
「後で、この街でもっと薄い変わりの衣服みつけてやるから、それまでな……」
「よろしく、お、お願いします」
もうすっかり日は落ちていたが、このザンルの大通りは闇に侵されるどころか、益々色鮮やかな明かりに満ちて、行き交う人々のざわめきや足音で溢れていた。
「あの店……」
セルフィーがどこかを眺めながら躊躇いがちに囁いた。
「あぁ、宿の手配は済ませたんで少し見に行くか」
「はい! 」
街路の両側に立ち並ぶ旅籠屋や木賃宿に挟まれて、雑貨や土産屋などの店がちらほら目につく。
セルフィーは迷いのない足取りで往来の人々を巧みに縫って一軒の店の前までやってくると、彼女は好奇に満ちた目を輝かせた。
「これ、綺麗な宝石ですねー」
「ふむ、淡い緑に青みがかかっている、これはサーチムストーンの輝きだ」
「何ですかそれ? 」
「魔力を帯びた鉱石だ。魔道具や魔よけに良く使われる石だ、以前はサファ……」
「なるほどー」
彼女は宝石の夢中になっていて、途中から俺の話など聞いていなかった。
女の買い物は長いのは、嫌というほど分かっていた。俺は軽くため息をつくと、店の狭い通路に体を割り込ませて中に入り、置いてあったスツールに腰を落とした。そして、なんとなしに店内を見回した後、役に立ちそうな魔道具がないか物色することにした。
「キャ~~これいい! 」
だが、程なく女の甲高い嬌声が店の外から聞こえた。反射的にそちらへ視線を移すと、目がちかちかするような派手な色合いの服を着た女が一人、セルフィの隣に立ち尽くして、悲鳴にも似た不快な声を上げながら宝石に見入っている。
「…………」
襟刳りの開いた妙に胸の谷間を強調した服装といい、ぎらぎら反射する金属の飾りを縫いこんだ真紅のドレスと言い、遊女かなんかの類だろう。俺はその女の甲高い声が酷く耳障りで、早くどっかいけ、ブスと心の内で罵言を吐いていた。俺は昔っからこの手の類の女を見るとなぜか苛立ちが募ってくるのだ。
「どけよ、汚いの」
「わ……」
だが、そのけばけばしい女の隣へ、突然、でかい図体の男が割って入ってきた。
前かがみになって陳列台を見ていたセルフィーは男の体に押し出され、派手に外へ弾きだされる。
「糞が……」
俺は慌てて外へ出ると、尻餅をついて倒れていたセルフィーを見つけ、手を引いて助け起こした。
「おい、もういいだろ」
「まだよ~もう少し見させて~」
「しゃあねぇな」
スキンヘッドのいかつい男は舌打ちすると、身を屈ませて店内に入っていく。
この野郎、セルフィ吹き飛ばしておいて――
俺は内に煮えたぎった怒りを隠さず、すぐさま後を追うと、中で踏ん反り返って座っている、いかつい男の顔を正面から睨み付けて怒鳴った。
「おい、そこの豚! ぶち殺してやる! 」