第七話 魔人の力
鬼人族の集落から北東の方角に向かい、魔人の本拠地となる城に辿り着いた。
見た目は廃墟の印象を受ける。ネヴィラの話によると、魔族戦争から使われなくなったと聞くし、隠れ場所としては悪くないだろう。
電気は付いておらず、中は真っ暗だ。このまま入ってしまえば、罠があった場合は対処できない。
「私の光魔法で照らすよ」
横にいる魔女は、掌から光が現れ出す。火の玉のような小さな電球が優しく光を放ち、宙に浮いている。それがオレの肩の上に移動し、定位置なのか、その場で動かなくなった。
「助かるよ。魔力はどのくらいある?」
「二割程度。メイの吸収で回復はできるけど、私の出番は確実に勝てる場面になると思う。メイ……まだ戦い慣れていないユウ君に任せっきりになる。危ない時があれば、助けるからそこは安心して」
「ああ」
頭痛と胸騒ぎがより強くなってきてる。
何かにムカついた時以上に憎悪が溢れて危機感を覚える。
「……クレナイも怒っているんだと思う。死んでも遺志はその身体に残っているんだ。害はないと思うし、きっと助けにはなるんじゃないかな。どうしてもダメな時は呼んで欲しい。それだけは守って」
「ああ、ありがとうな。さ、入るぞ」
オレは弱い。
圧倒的に経験値が少ないからだ。
それでも、負ける気は一切ない。理不尽な思いをするのは自分だけで充分だ。
入口から真っ直ぐと廊下が続いている。光魔法で照らしても奥側までは届いていない。
不安と警戒をしながらただひたすらと進む。
ボロボロに壊れ、所々に穴が空いている扉があった。他に道はなく、この先のみが通じているようだ。魔力を感じ取れる。あちらも待ち構えているようだ。
上等。どんな手段が来ても躱し切ってやる。
足蹴りで破壊し、奥側が見えるようになった。
壊れている天井から日差しが差し込んでおり、広間の様子が分かるようになっている。光の玉が先ほどよりも強く照らすようになっている。
中央に立っている人影の姿は、白髪の執事だった。
「城へようこそいらっしゃいました。わたくしはオズと申します。しかしながら、申し訳ございませんが、こちらはアエシマ様の城となっていますので、お引き取りをお願い申し上げます」
ラセツさんが言っていた魔人のひとり。
知らない間に部下達が倒した敵。情報によれば、不可視の力を持っているのだろう。その姿形が見れずとも、魔力の糸のようなものを族長は目視できていたという。
「断る。ツバキさんを返して貰えるなら別だ」
「左様でございますか。それでは、失礼ながら少し乱暴にお帰りにすると致しましょう」
黒い糸。
手、いや、指先からそれは出ていた。手の形をしており、十以上の数が同時に襲い掛かる。
剣撃で斬ろうにも斬ったような感覚はない。だが、執事と繋がっていない糸は灰のように消えていっているのが分かった。砂状になった魔力はオレに吸収されるようだ。
「喰らえッ!」
オレの速さに追えてなかったのを利用し、横から拳を放つ。
直撃、したかと思えば、黒い糸が魔人を守っていた。それでも数メートルは下がる程のダメージを奴は負っている。
「ほう。視えておりますね?」
両端から数本の糸が解き放たれる。
足元を狙っているのか、地面が抉る破壊力がある。もしも掴まれば、オレでも只では済まされない。
速さを使っての翻弄、不意打ちで執事を倒すように突っ込んでいく。
だが、届かなかった。
剣を持っている手と腕が動かなかったのだ。
いつの間にか黒い手に掴まっている。三本の手が潰すような力の入れ方に痛みが発生する。
「ぐっ!」
「貴女様ほどの人材もアエシマ様がお喜びするでしょうが、今は取り組み中なので邪魔はいけません。このまま死んで頂きましょうか」
新たな黒い糸が出現し、刀の形になった。
完全に終わる。
そう思ったら、既にオレは乗り切る算段に出ていた。
自由になっている左腕で糸を斬る。それが魔人の腕まで届き、片腕になった。
追撃しようにも糸が身に纏わせている。
剣が執事まで届かずに弾かれしまい、どうしようもなく距離を取った。
「まだ……倒せないか」
こうしている間にも魔人から魔力を吸収している。それが好機になり、手薄になっている箇所が見受けられる。潰されそうな痛みが残っている腕も回復していき、完治しているようだ。
戦闘センスもないオレには百戦錬磨の敵を相手にし、勝てる見込みはあるのだろうか?
この後に待ち構えているアエシマという奴とも戦わないといけない。ここで消耗しきれば、勝ち目はないと思わないと。
「きさ、き、さ、まァァァ! これからもアエシマ様を見守る役目がある右腕をぉぉぉ!!」
全方位からの黒い手で逃げ道を無くしてきた。
怒りと屈辱で冷静さを失った執事だが、きっちりとオレを仕留めるように攻撃してくる。
何本か切ったものの、一本だけでも拘束力は強い。
「くっそ……!」
「ハハハハハッ! このまま握り潰し、鬼人どもと同じようにしてやるわ!」
頭の中に浮かんだのはネヴィラではなかった。
鬼人族の皆だった。ラセツさん、キヨヒメさん、ツバキさん、キドウさん、ヤシャさん……魔人にやられた鬼人達の名前。
これはクレナイさんの記憶。笑顔を向けているのは彼女へのものだ。それを失わせようなど、あってはならない。あってはならないのだ。
『殺意』。
少年だった頃も今までも一度も芽生えた時がない感情。
理不尽のままに亡くなった時でもなかったのが、初めて生まれた。
「なん、だ……?」
感情が追い付いておらず、混乱を起こしている。
魔人は何かに怯えた表情でこちらを見ている。
「なんだ……なんだ、その化物は!! そんなものを貴様は……貴様は持っているというのかぁ!」
オレがいる場所とは全く違う場所へ黒い糸を伸ばしている。
錯乱している様子で、あらぬ方向へ攻撃をしているようだ。
これはチャンスだ。
全力でオズへ走り、力一杯の拳を胴体へ突き当てる。
ドォン! と壁を抜け、外まで飛ばされていった。
廃墟であった分、破壊していいという理屈は通らないが、致し方ない。
何とか勝てた。
あの黒い手で死ぬかと思った場面も幾つもあったが、ひとまずは良かった。
しかし、この疲労は不味い。あの抑え切れない怒りの影響なのか、途轍もない疲労が襲い掛かってる。
――おめでとう! 回復は必要?
頭の中からネヴィラの声が響く。
(お願いしたい。今の音でアエシマとかいう奴が来るだろうし)
床に片膝を付きながら、回復をしていく。
魔力を何割か吸収したおかげか、早く傷が治っていく。
奥からコツコツと足音が聞こえた。それが近付いて来るのがわかり、警戒する。
「おいおい、何の騒ぎだ? やっとの思いで妻を手に入れたのに、初夜の邪魔するのは誰だ?」
入ってきた通路とは真逆からの足音と男の声が鮮明に聞こえる。
一時的に回復を止めさせ、オレひとりで助けに来たという体にする。
日差しによって容姿が見えてきた。
黒髪に赤い目、頭には二本の角が生えており、魔人という象徴が現れていた。奴からも魔力を吸収するという反応が起きている。
「お前がアエシマか?」
「あぁ? 女なのか? オズの奴はどうしたんだよ」
「オレがぶっ飛ばした」
執事が飛んでいった先へ目を移りながら考え込むアエシマ。
「ふーん。嘘って訳でもないな。なんだお前。俺に好かれたくて来たのか? 暴力的な女は趣味じゃねぇから帰れ」
「ツバキさんを返せ」
「返せ? 何故? 彼女は負けたんだ。鬼人族からのお墨付きでな」
「そんな訳ねぇだろ。本人も鬼人達もお前の要求を断ったから戦闘になったんだろ。そんな無理やり結婚なんかオレは認めねぇ」
「もしかして世間知らずか? この世は弱肉強食だ。弱い者は死に、強い者が生き残る。そうやって俺の一族も波に飲み込まれてきたんだ」
「ああ、弱くて生き残りがお前とあいつしかいないって話だろ。聞いてるよ」
「そうなんだよ! クソ魔女と魔神の力を恐れたバカな奴等によってな! 復讐なんだかは知らんが、ここまで追い詰められて俺も黙っていられるかよ。それともなんだ。お前が妻になるというのか!?」
地雷を踏んだのか、突如と声を荒げるアエシマ。
オレはただ睨む。
「ならねぇよ。お前みたいなクソ性格なんざ、死んでも御免だ」
「そうかい。なら、消えろ」




