第六話 敗残者
世界地図の中心部にあるソル王国よりも西側にある小さな集落。
そこは鬼人と呼ばれる頭に角を生やしている人間ベースの魔物が住み着いていた。五十人程しかおらず、人間と魔物の友好を志向しているエルドラード大国に移動している若者もいる状況下で、古くから一族を守ろうと生活を送っていた彼等に脅かす存在が近付いてしまった。
「いいじゃないですかー族長さん。そちらの娘さんを嫁がせるのも悪くはないと思いますがね?」
「何を言っているんだ? 身内に傷を付けさせておいて。それがまかり通るとでも思ったのか?」
周辺には鬼人達が倒れていた。何をあったのかは簡潔に言えば、突如と現れて突如と攻撃をしてきた魔人が求婚してきたのであった。
村長の名はラセツと呼ばれる。白髪に赤目の鬼人。大剣を手に持ち、今にでも襲い掛かりそうな魔人を睨んでいる。
「お父様!」
ラセツの後方にいるのは彼の娘だった。ピンク色の長髪で赤目の少女も鬼人であるが、力はそれほど強くない。
「ツバキ! 自分を優先的に守るんだ。俺の事はいい。こいつらは倒す!」
大剣を握り、身構える。
魔人が二人相手に勝機がない事は彼も察していた。身分が王子と執事なのだろうか、恰好と会話から感付いていた。
実力差は魔人側が上手。しかし、娘を守る為にその剣を振るう事を躊躇わない。
一撃必殺の構え。
長引けば不利。ならば、短期決戦で倒せば問題ないという判断で、大きく体を逸らすラセツ。
「交渉決裂ですか。まあ、貴方が俺に敵うとは思いませんがね。仕方ありません。実力行使といきましょうか。オズは手を出すなよ」
「かしこまりました」
黒髪に赤目の青年が前に出る。
命を懸けた一撃を放とうとするラセツに反し、いつでもどうぞと余裕を見せる魔人は、両手を腰へ回している。
刹那に二人が衝突する。
力一杯に籠った一撃が魔人の頭上に振り下ろされるが、片腕だけで対処される。触れた瞬間に大剣がボロボロと刃が欠け、次第には崩壊が全体に回っていった。
「なっ……!?」
武器に気を取られている隙に魔人は裏拳を放つ。
地面にめり込み、その衝撃で再起不能まで落とされてしまった。
「お見事でございます。アエシマ様」
彼の後ろで静観していた執事はハンカチを青年に出す。
「使うまででもない。あんなのは自棄を起こすのと同じだからな」
気絶しているラセツを横目に、ツバキに近寄る魔人。
笑顔を絶やさずに彼女を見つめるも、怯えさせてしまっている。
「あ……貴方の妻になんかなりませんから!」
「田舎者はこれだから。この世界の事、よく知らないでしょう? 井の中の蛙大海を知らずとはこの事でしょうね。強ければ生き、他者を好きなようにできる。弱ければ蹂躙され、死ぬだけ。恨むならば、己とその周囲の者達を恨みなさい。オズ、丁重に運べよ」
「かしこまりました」
突然、ツバキの体が浮く。
オズと呼ばれる執事が掌を上にし、操作している動作をしている。
ツバキを包んでいるものを強引に外そうにもびくともしないのが彼女には分かってしまった。その抵抗も空しく、やられるがままに動かせない。
「さて、我が城で挙式をやろうぞ。彼女は優秀だ。素晴らしい生活になれるだろう」
「そうでございますね。早速、準備をしましょう」
「そうしよう。ハッハッハッ!!」
二人は鬼人族を後にし、何処かへ消えていった。
倒れているラセツは小さく呟きながら、意識を失う。
「ツバ、キ……」
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ソル王国から離れ、カナイ大国に向けて南に移動したが何キロ歩いたか忘れてしまった頃。
「なぁネヴィラ。この方角で合ってるのか? ずっと景色が変わらないからどのくらい移動したのかわからなくなっちゃったよ」
「う~ん……人の影が多いのを見るからにそれで合ってるみたいだね。ちょっと地図みせて」
オレの影からひょっこりと姿を現し、横から地図を見る。
身長の差で見えにくいのを考慮して腕を下げて彼女の方向に傾ける。
睨めっこしているうちに何か気付いたかのように目を大きく開く。
「ネヴィラ?」
「そういえば……この近くに鬼人族の集落があったんだ……」
「うん? 鬼人族といえば、クレナイさんの故郷か。寄るのか?」
「そう、だね……クレナイの事も報告しないと……親御さんに……」
凄く嫌な顔をする魔女。
申し訳なさそうな、冷や汗を掻いてて相当な怖さを持っているようだ。
「そんなに嫌なの?」
「何というか、娘を預かってるようなものだから亡くなったって聞いたら怒るでしょ。クレナイのお父さんは見た目が厳格な鬼だから、それを聞いた彼の顔を想像すると怖い」
鬼人といえば、角が生えている鬼だ。
子どものオレでも怖いイメージはあるから、彼女に同情はできる。
「でも、オレが生きてるから大丈夫なんじゃないか?」
「クレナイの人格はもういないから触れただけであちらさんはすぐにわかるよ。魔力も実力も雰囲気でも気付く。つまり、メイとクレナイは別の鬼人になってるんだ」
「そうなんだ……それで、鬼人族に行くか? 大事な用事なんだろ?」
ネヴィラは悩んでいるようだ。
娘の死を喜ぶ親なんていない。誰かの家族でもそのはずだ。自分が生きている間に子どもの訃報を聞くなんて悲しみだけじゃ済まされないのだから。
「うん、決めた。行くよ。寄り道にはなるけどいいかな?」
「ああ。勿論付き合うぜ。それじゃレッツゴー!」
「おおー!」
ネヴィラは影の中に戻り、オレは駆け足で進む。
位置を教えて貰いながら、草原を駆け抜け、魔物を倒して向かった。途中で嫌な感覚を感じ取りながらもオレはひたすら鬼人族の集落に行く。
約一時間程度は掛かったが、ようやく辿り着いた。
しかし、目を疑った。
鬼人達が地面に倒れ、建物にも破損が見られるからだ。
「これは……一体……」
オレが状況を掴めない中、ネヴィラが出て来た。
彼女も同じ表情を浮かべている。誰がこんな惨状を起こしたのは何なのかわからないからだ。内乱? それとも襲撃? 鬼人達を揺らしても反応が無く、壊滅状態であった。
「ラセツさん!!」
魔女が知り合いに呼び掛けているのが聞こえた。
必死に声を出しているが、ラセツと呼ばれる魔物には届いていない様子だ。回復魔法を使い、体の傷を治しながらも死なせないように言い続ける。
何度か揺らしているうちに掠れるような声で返事をした。
「誰……だ……」
「ラセツさん! 私の事がわかる?」
うつ伏せで顔はこちらに向いている鬼人の目ははっきりと開いている。ひとまずは無事なので安心した。
「……ネヴィラ様、ですか? どうしてここに……」
「報告があって来たんだけど、この状況に出くわして……何があったの?」
回復し続けながら会話をする。
「…………魔人が来たんです」
「魔人!? どんな目的で?」
「一族の生き残りか何とやらほざいていました。黒髪に赤目の青年のような容姿がアエシマ、灰色でオールバックの髪をしている執事がオズと呼び、そいつらに我々がやられたんです」
「アエシマ……もしかして、その魔人達の目的は……娘さん?」
「はい……ツバキが連れ去らわれました」
「…………」
無言でもネヴィラの表情からは怒りを感じ取れた。
誰なのかわからないオレは問う。
「な、なぁ。ツバキさんっていうのは……」
立ち上がり、彼女はゆっくりと振り向く。
「…………ツバキさんはクレナイの妹だよ」
妹。その言葉を聞いた時、酷く感情が暴れ出した。どうしようもない怒りが心から溢れ、制御できずに膝を地面に付かせてしまう。
そんなオレを見て、ネヴィラが心配そうに寄ってきた。
自分には分かっていた。これは姉の怒りだと。強すぎる感情が抑えきれず、オレに頭痛と何処にぶつけていいか分からない程の憎しみがある。
「悪い……分かってる。ひとまずは鬼人達を治療しよう」
「う、うん。そうだね」
回復魔法のおかげでラセツは立ち上がり、
「俺も動けるのでいけます」
「うん、じゃ三人で一か所に集めよう」
返事をし、それぞれが手分けして鬼人を運ぶ。
オレとラセツは担いで、ネヴィラは影の魔法で優しく屋敷の中へ入れる。そんな時間も掛からず、全員を集めて治療を始める魔女。
特にやる事がなく、休んでていいと言われたのでネヴィラの横で様子を見る。
「……魔人の正体も場所もわかるのか?」
オレは聞きたい事をつい聞いてしまう。
「うん。アエシマ・ゼロ。スラ族の生き残りだよ。四百年も以上も前、魔族戦争を起こし、伝説の勇者様に滅ぼされた一族。当時の魔王のひとり、ヴァクの子息がアエシマだと思う」
「魔族戦争っていうのは?」
「その名の通り、ヴァクと他の魔族の争いだよ。神の力を手に入れた魔王を恐れた複数の魔族が手を組み、戦った。人間側には被害はほとんどなかったけど、緊急事態で勇者様が派遣されて討ち取ったとされる」
「される?」
「事実は事実だよ。でも、その裏で魔女が関わっているのも私は知っている。メイも会ったあの人だね」
「ベルナ……」
実年齢何歳だよ、とも突っ込みたい所だが、今はそんな気分ではない。
「ヴァクの配下も家族も手に掛けたのは彼女。魔王本人は勇者様に任せたみたいだけど、神の力に焚き付けたのもベルナさんなんだ。そこから一族の生き残りがいるとは思わなかったけど、隠れて過ごしてきたとすれば、住処は魔王城。現在は廃墟となっているヴァク軍がいた場所にいる。ここから更に西に行く事になるよ」
「……そうか。治療が終わっても戦えるか?」
「魔力はほとんどない。でも、ツバキさんに何かあれば黙っている訳にはいかないからね。相手の数を把握するにも必要だから、私も戦うよ」
「ま、待ってくれ。俺はまだ戦える。俺も連れていってくれ」
横からラセツが口を出してきた。
大剣を担ぎ、いつでも戦闘準備は万端のようだ。
「ラセツさんは待機してて」
ネヴィラが言った。
「しかし! 娘が攫われているというのに黙っていられないのだ」
「鬼人族の長たる者、ここで慌てふためくのはダメ。魔人との実力差にも気づいたでしょ。私達に任せて欲しい」
「ネヴィラ様……それと……」
オレの方へ顔を向け、誰だという表情をするラセツ。
「あ、オレはメイ。ネヴィラの配下だ」
オレの顔を見るに暫く固まった後、ラセツは諦めが付いた顔で口を開いた。
「…………そう、ですか。わかりました。お二方にお願いしても宜しいでしょうか?」
「ええ、必ずツバキさんを連れて帰ります」
オレと魔人では経験値、生きた年月は桁違いだ。相棒頼りにはなってしまうだろう。
だけど、オレの意思とは反して心が熱くなっていた。これは一刻も早くツバキさんを助けろという彼女の力だ。死ぬかもしれない戦いはこれからも続く事を考えれば、今動かなければいつ動くという話になる。
「行こう」
「あぁ、必ず助けるぞ」




