毛繕い
なんでお風呂に入らないんだろう。
トラは起きているとき、結構頻繁に毛繕いをするし、ブラッシングも大好きだ。
でもお風呂には入ったことがない。
僕は毎日入っている。
汗が気持ち悪くて、朝もシャワーぐらいしたい。
トラの体に顔を近づけて、そっと匂いを嗅ぐと、いつものいい匂いしかしない。
顔を近づけた僕に、トラはついでみたいに顔をなめてきた。
「トラ、口がちょっとくさいよ」
小声で文句を言ってみたけど、トラは気にせずまた毛繕いを続けている。
僕は邪魔しないように、そばに座って見ていた。
「おじさん、なんでトラはお風呂に入らないの?」
おじさんはノートを書く手を止めて、ゆっくりこちらを見た。
「うん、猫の唾液には殺菌作用があるからかな。
毛繕いで体をきれいにしてるんだよ。
もともと砂漠地帯に住んでいたらしいから、水が少なくても平気なように工夫したんだろうね」
「でもトラの口はちょっとくさいけど」
つい教えてあげた。
「そうか……歯磨きは苦手なんだよな」
おじさんは少し困ったように笑った。
僕はトラに顔を近づけて、そっと囁いた。
「トラ、僕はお風呂も歯磨きもちゃんとしてるんだよ。
歯磨きは頑張ろう」
トラはまた、僕の顔をなめた。